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Love Memories:最後の夏7

 次の瞬間暗幕になり、舞台左隅からナレーターの大隅さんが出てきて、スポットライトが照らされる。 「ここから真剣勝負に入ります! どっちが勝つか分かりません。なので、シナリオが2つ用意されております。剣道部から借りた竹刀でふたりの王子が戦いますのでご声援など、応援よろしくお願いします!」  格好よく言い放ってからペコリと一礼をして、さっさと舞台袖に身を隠し舞台にライトが照らされると、コウ王子とコスティス王子の手には竹刀が握り締められていた。  僕は邪魔にならない隅っこで、ふたりの対決を見守る。両手をぎゅっと握り締めて、吉川を心の中で応援した。  そんなノリトの想いをきちんと受け止め、吉川ことコウ王子はコスティス王子をひと睨みする。 「そんな目で睨まれても、まったく恐さを感じない!」  コスティス王子は言い終わらない内に、俺に向かって竹刀を振りかぶってきた。やはり経験者の動きはひと味違う。その素早さに、受けるのが精一杯だった。  どんどん舞台の隅に、追いやられようとしていた。 「くっ……」  容赦なく振りかぶってくる、コスティス王子の竹刀。俺の竹刀を叩く音だけが延々と響き渡り、その緊迫感に観客もノリも声をあげずに、ただ見守っていた。 (――今の俺、カッコ悪いったらありゃしねぇ)  歯をグッと食いしばり、受けた竹刀の力を何とかやり過ごすべく、前へ前へと押してみる。  前に押しながら隙を伺い、竹刀をふっと引いてみたら、俺の顔目がけて竹刀が振り下ろされる。寸前のところでそれを見極め、体をひねって回避しながらコスティス王子の肩に軽く、パシッと竹刀を振り下ろしてやった。 「いっ!?」  叩かれたのが信じられないといった表情を、ありありと浮かべる姿にあることが閃く。 (今やった俺の動きは、きっと剣道ではありえない行動なんじゃないのか!? だから咄嗟に避けることができなかったのでは――剣道には詳しくないけど、とにかくありえない動きをすれば、ヤツの隙を突くことができるかもしれない)  チラリとノリを見たらサッカーの試合のときよりも、必死に応援している姿がそこにあった。  ノリ、早く終わらせてやるから、ふたりのハッピーエンドをみんなに見せつけてやろうぜ。  俺が微笑みながら頷くと、不思議そうな表情で小首を傾げる。不安げな顔よりは幾分マシだ。    竹刀を握り締め直し、利き足を使って踏み込みながら、縦横無尽に竹刀を振りかぶってやった。滅茶苦茶な竹刀捌きなのにご丁寧にコスティス王子は、すべて竹刀で受け流してくる。 「……まったく。考えもなしに無鉄砲だな。吉川らしいといえば、そうだけど」 「はぁはぁ……なにおぅ!?」  しかも余裕で受けながら息も切らさずに話しかけてくれるとか、どんだけ体力あり余ってるんだ、コイツ。 「こんな奇襲攻撃、通用しないって言ってるんだ。ノリーナ姫とのシナリオを演じるのは、この俺だから」  にやりとイヤな笑みを浮かべた瞬間、手の甲を強かに打ち付けられ、握り締められていた竹刀をぽろりと落ちてしまった。  慌てて拾おうとした俺の背中に、容赦なく竹刀が振り下ろされる。  ばしんっ!! 「吉川っ!?」  ノリの悲鳴に似た声が、舞台の上で響いた。音のわりにはそんなに痛みを感じなかったのは多分、手加減してくれたんだろう。  だが――拾おうとした竹刀は残念ながら、コスティス王子の足で遠くに蹴飛ばされてしまった。 「さぁ、君には何も残ってはいない。負けを認めろコウ王子」  背中を打たれ跪いたままの俺は今までで一番、格好悪く見えるだろう。それだけじゃなくノリが他のヤツと、ハッピーエンドを迎えるなんてそんなの――。 「……小林くん、僕が相手になる。こっちを向いて」  愛しい人の声が耳に聞こえたので顔を上げると、長い黒髪をなびかせたノリが竹刀を握り締め、その場にすっと構えて立っていた。 「ノリトくっ、ノリーナ姫……?」  呆気にとられた小林が、ハッとしてセリフを言い直した。だけどノリの表情は弓道をしている時の様な、凛とした雰囲気を漂わせ、まったく姫らしくなく――。 (男気溢れまくって、カッコイイったらありゃしねぇ)  床に這いつくばるように横たわっている自分とは違い、小林に向かって、ぶちのめしそうな勢いで睨んでいた。 「僕と勝負してよ。吉川の代わりに僕が勝負するからそれ以上、手を出さないであげて欲しいんだ」 「しかし――」  小林はチラリと俺を見る。台本にないアドリブに走ったノリを、どうすればいいという目をしていた。 「大好きな吉川を、もう叩いたりしてほしくないんだ。代わりに僕が受けてあげるから」  大きな声で告げられたノリの言葉に、客席にいる女子のキャーという声があちこちで聞こえてきた。  ――ャバィ・・(-ω-;)ノリが暴走している模様……。  この場を何とかしようと起き上がり、口を開きかけた時だった。 「愛するノリーナ姫に竹刀を向けるなんてそんなこと、俺にはできません」  竹刀を投げ捨てて片膝をつき胸に手を当てながら、低い声で話しかける小林を見て、ノリが目を見開いた。 「こばや……コスティス王子――それでは勝負は……」 「俺の負けですよ、完敗です……。互いを思いやる気持ちに、胸を打たれてしまいました。コウ王子、何をぼんやりとしているんだ」 「は――?」  素早く立ち上がり、突然自分の腕を掴むと、ノリの方に引っ張ってくれる。 「君がいなければノリーナ姫は幸せになれないんだから、きちんとその手を握ってやれ、ほら!」  客席から見えるように、わざわざ俺らの手を握らせた。 「ノリーナ姫の父君には、俺が上手いことを言って時間稼ぎをしてあげよう。だから気にせずに行ってくれ」 「コスティス王子、有り難う。このご恩はけっして忘れません」  俺の手をぎゅっと握りしめ、ノリは瞳を揺らしながら小林を見つめる。迫真の演技ではない、ノリ自身の気持ちが表情に出ていた。それが客席にも伝わっているのだろう――物音ひとつ立てず固唾を飲んで、みんなが見守っている。 「コスティス王子、済まない……。全力でノリーナ姫を幸せにするから」 「当然だ! 俺の愛しい姫は結構寂しがり屋だからな。きっちりと守ってやって欲しい」 「分かった、その言葉を守ろう。さぁノリーナ姫、俺たちが幸せになる場所へ、いざ参らん!」  掴んでいた手を引き寄せ体をくっつけてから、その身を守るように舞台袖にまっすぐと歩いて消える。  用意されていた台本とは違うけど、これはこれでアリだなと内心思いながら微笑み合い、控え室に向かったのだった。

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