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第4話(帝国ホテル編)

「愛している」  その言葉を聞いた刹那、彼は切なげな吐息と共に一際大きく身体を痙攣させた。 「オレもだ。晃彦」  そう言って両手で抱きついて来た。  その言葉はとても神聖な物の様にも、居たたまれない程の情欲を掻き立てる呪文の様にも感じた。  二人きりの誰にも気兼ねなく過ごせる部屋――使用人達の目が有る自分達の屋敷や、密かに情を交わしたニコライ堂ではとてもこの様に落ち着いた行為には成らなかった――この密室では何をしようと他人から漏れる気遣いが無い分、行為に没頭出来る。そう頭の隅では考えて居た。  片桐が身体の向きを少し変えて、自分の耳元に濡れた吐息と共に囁きを呉れる。 「送別会の時から…早くこうしたかった……二人きりに……成りたかった……誰も邪魔されない……場所で……」  その言葉に彼もまた同じ事を考えて居た事が分かる。  彼の鎖骨の花にもう一度唇を寄せた。其処は綺麗な紅い花が咲いているかの様だった。無心に吸い上げると彼の身体が先程よりも一層震えが走った。もっと彼の乱れる様が見たくて――勿論、自分の欲望を彼の身体の奥深くに伝えたいと渇望していたが、久しぶりの逢瀬だ。彼を悦ばせる方が先では無いかと思った。彼の身体が弛緩するまで、自分の事は後回しだと決意した。  乱れたバスロウブは敢えてそのままにして、唇を下にずらして行った。同性なのだから直接感じる所は当然分かる。そうではなくて、他にも感じる場所はある筈だと念入りに唇で彼の身体を探って行った。先程の耳の後ろなどは皮膚が薄い。そういう場所を探す事に熱中した。膝小僧の裏に唇を這わせると、しなやかな彼の身体が鮎の様にひくりと跳ねた。  片桐は目を閉じて、手を握って来た。まるでそれしか縋る物がないかの様に。  後は何処が感じるのだろうか……と、先程よりも乱れたバスロウブと片桐の紅に染まった頬を見ながら考えた。  すらりとした足が目に入る。そういえば足の指の間も皮膚は薄い。足の親指を口の中に入れ、吸い上げた後、指の間を舌で愛撫した。すると彼の身体が一層震えると共に、片桐の手が離され、両手で顔を覆った。身体は痙攣したようにがくがくと震えて居る。  鉱脈でも発見したかの様に足の指全ての間を丁寧に愛撫した。  片桐は熱い吐息を漏らし、顔を覆って居る。自分の表情を見られたく無いようだった。  それが感じている証拠だろうと思い、8つの指の付け根を丹念に愛撫した。  愛撫する度に熱い溜息と共に身体が痙攣して行く。 顔を覆っている片桐だったが、その指の間から涙がつっと零れて伝って行くのが分かった。 「晃彦……もう……そこは……」  有るか無きかの声で訴える。 「気持ち……いいのか」  唇を離して耳元で囁く。 「頭が……どうにか、成り……そうだ」  その言葉にほんの少し満足感を覚えた。 「もう、そこは良いから……」  後は言葉にならない様だった。

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