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第9話(帝国ホテル編)

 慌てて彼の身体から降り、ざっと自分の状況を見回す。全裸の自分に殆どはだけたバスロウブの片桐。ホテルの寝台は情交の激しさを物語るかの様に敷布が皺だらけになって居た。それから汗まみれの自分達の身体…。 「終ってから直ぐに眠ってしまうとは……。本当にすまない」  彼はクスリと笑った。――その表情は驚くほど妹の華子嬢とそっくりだった―― 「先程から晃彦は謝ってばかりだ……。洋行の準備で多忙だったのだろう。それに送別会でも疲れただろうし。それはオレも同じだから気にしないで呉れ」  お詫びの印に汗ばんでいつもよりも重さの増した彼の髪を撫でた。片桐は唇に中指を添えた。もうすっかり癖になって仕舞った彼からの意思表示だった。  後ろ頭を支えて熱く接吻をする。彼も唇を開いて舌を絡めて来る。抱き合っていると、お互いの汗ばんだ体が気になった。と言っても、決して不愉快なものでは無かったが。それにお互いの濃度の有る体液も……。  普段は1人で浴室を使って居るのが当たり前の生活だが、今回はどうしても離れ難く思った。これからはいつも一緒に居られるというのに……。 「一緒に浴室を使わないか」  多分いつもは彼も1人で浴室を使っているのだろう。頬を染めたが、数分の躊躇の後、頷いた。  流石に全裸は憚られたので箪笥を開けて見ると、浴衣が有った。それに手を通してから彼にどうするか目顔で聞いた。彼はバスロウブを直し、浴衣は手に持って自分の後に従った。  寝室から居間を通り、浴室へ向かう。浴室は流石に外国人も使用出来る様に大きく作られて居た。まだまだ珍しいシャワーも完備されている。 「一緒にシャワーを使うか」  半分本気で誘った。彼は湯船にお湯を満たして居る。 「いや、それは…」  狼狽した様に首を振った。流石は帝国ホテルだ。自分がシャワーを浴びている間に湯船にお湯が溜まって行く。片桐は湯船の縁に腰を掛け、自分がシャワーを使う様子を見るとも無しに見ているのが分かった。しかし、自分が片桐と目を合わせようとするとするりと逃げられてしまう。  そのうち、彼のもの言いたげな視線に気付き視線で尋ねた。 「大した事ではない……ただ、二人きりでこうして居る事がまるで夢の様だと思って居た」  シャワーを止めて片桐の顔を凝視する。 「逢えない日々が続いて居た時、こんな時間を晃彦と共有出来る夢、いや、幻と言うべきか……。何しろ眠れなかったから、そういう時は…誰も邪魔されずに……二人きりで居る場面を繰り返し見ていた。だから、これは本当に夢では無いのだなと思って……」  真っ直ぐに視線を当てて来るが、片桐の瞳の奥は此処ではないどこかを見ている様だった。 「そうだ、夢でも幻でも無い。それにこれからはずっと二人きりだ」  安心させるように強い口調で言い切る。濡れた身体ではあったが片桐も直ぐに浴槽に浸かる身なので強く抱擁した。 「背中の怪我……、オレが……」  先程から気になっていたらしい。心配そうな口調だった。 「ああ、ただこんなものは何でも無い。いっその事ずっと同じ傷跡を付けて貰いたいくらいだ」 「この噛み痕もそう……か……」  どうやら行為に夢中で記憶が曖昧らしい。ふと揶揄してみたい気分に成った。自分も屋敷の使用人達が居ないせいか解放感が有る。

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