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第18話(蜜月編)

 日本語で聞いた。自分は感情を顔に出さない様に躾けられて来たし、実際それが得手でも有った。  案の定片桐は自分の内心に気付かなかった様だ。事も無げに話して来る。 「日本情緒が好きでケンブリッジ大学を卒業後、帝大に入って日本の事を学んだそうだ。だから色々と日本の事も知りたいし、オレも英吉利の事を聞きたいので…それで喋って居た。興味深い話が出来た」  そんな事を話している時も片桐の腰に回した手はずっと離れなかった。 「初めまして。加藤晃彦と言います。お会いできて光栄です」 「ヒュー・オブライエンです。こちらこそ」  握手の為にやっと片桐の腰から手を離した。  それからは英吉利の事、日本の事などが話題になったが、片桐を見る頻度が自分の時とは比べ物にならない位多い事に嫌でも気付かされた。 ――今までは、片桐に岡惚れする女性の方を相手にして来たが、これからは違う様だ――  漠然と考えて来た事――片桐の心変わり――が起ってしまうかも知れない  そのうち、片桐の顔が青くなって来た。 「気分でも悪いのか」  日本語で聞く。 「そうみたいだ…船室に戻っても構わないだろうか 「それならば、俺も船室に帰る」  いまいましくはあったが、オブライエンに丁重な挨拶をして船室に戻ろうとプロムナァドに出ると、船員に出会った。 「御用は御座いませんか。何なりとお申し付け下さい」 「済みませんが、飲みすぎた様です。薬はありませんか」  片桐が言う。  あの目の潤みはオブライエンに向けたものでは無く、酔っていたからなのか…  そう得心すると、少しは気持ちが楽になった。オブライエンの思惑はともかく。 「お前が酔う程飲むとは珍しいな」  夜会などで片桐は酒を口にする光景は見た事があるが、いつもは酔った気振りさえ見せずに居た。 「ああ、ついシャンペンとワインを飲みすぎてしまったらしい。晃彦が令嬢と話して居る時、後先考えずに飲まずに居られなかった」  正直な告白に先ほど抱いていたオブライエンへの嫉妬心が少し薄らいで行くのが分かる。 「あの令嬢は、話しかけたから話していただけだ。そんなに気が揉めたなら足でも蹴飛ばして呉れたら良かったのに」  自分達の船室に着き、カギを開けると、片桐は寝室に飛び込んで着替えを始めた。身体を締め付ける燕尾服は邪魔だったようだ。  ガレと思しき明かりを点けると、彼の上半身があえやかに見える。自分の付けた鎖骨の花びらが酔いの為桜色に染まった肌により一層咲き誇っている様だった。  黙って水を汲むとグラスに氷を浮かべ、片桐の傍らに立った。まだ出港一日目だ。水も新鮮だろう。

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