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第19話(蜜月編)
「船員が薬を持って来るまで、これで我慢して置くと良い」
片桐は黙ったまま唇に指を当てて居る。酔ったままの無意識の動作なのだろうか。良くは分からなかったが、水を口に入れ立ったまま彼の腰に手を当てて口移しに水を含ませた。彼は唇を開いて嚥下した。飲みきれなかった水が彼の喉元を滑り落ちて鎖骨に滴った。彼の鎖骨には紅色の情痕がある。朝露に濡れた薔薇の花の様でとても扇情的だった。
そのまま行為に雪崩れこみたい欲求を感じたが、直に船員が薬を持って来ると理性が停止を呼びかけている。
彼の唇が物言いた気に弛んだ。薄紅色の唇に魅せられてもう一度水を含んで口づけた。こくりと喉が動く。もう一度、同じ様に接吻した。飲みきれなかった水が鎖骨に水滴を作る。朝露にを載せた薔薇の様だった。
危うい衝動を押し隠す為に、話しかけた。
「大体、隣に座った令嬢に話しかけられたから話していただけで、それ以上の他意は無い。お前だって、きっとそうした筈だ」
「それはそうだが…、何だか見て居られなくなった…」
先ほどよりも目の潤みが取れて普通の顔に戻った片桐は真顔で言う。
「それを言うならお前だって女性に持てるじゃないか」
つい恨み言を言ってしまう。――オブライエンの事を持ち出すのはいささか場にそぐわないような気がして避けてしまった――第一確証は無い。
「持てる……そんな覚えは全く無いが…」
「絢子様の件もあるし、柳原嬢も…」
片桐は心底驚いた顔をした。
「絢子様の事はやんごとなき方の戯れだろう。それに柳原嬢は華子の親友というだけだと思っていたが…」
彼の鈍さは分かって居る積りだったが、それは今でも健在らしい。自然と溜息が出た。
――絢子様との件で俺がどれだけ気を揉んだのか全く分かって居ないらしい――
「俺の事を好いて居て呉れるのなら、俺の気持ちも考えて欲しい」
唖然とした表情で片桐は言った。
「好きに決まって居る。だからあの令嬢と話しをしている晃彦を見て堪らない気持ちになった…晃彦が一緒だから英吉利まで一緒に行く気になった。一番は晃彦だ。晃彦の気持ちって何だ」
真剣に言って呉れているのが分かった。他愛なく顔がほころぶのを自覚する。所詮は惚れた弱みだ。
「お前は目立つ。だから女でも男でも話すのは良いが、必要以上に親しくなるのは止めて呉れ」
憮然とした顔で片桐も言い返した。
「晃彦にも同じ事を言ってやる」
「ああ、俺はお前が居ればそれで良い。約束する」
真摯に告げると片桐は微笑んだ。
「オレも約束する」
そう言って、彼の方から抱きついて接吻して来た。
――オブライエンの事は黙っていよう――
そう思って彼の唇を受け入れた。甘いポートワインの香りのする口付けだった。
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