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第25話(蜜月編)

「綺麗にしてやろうか」  顔を最大限に紅潮させた片桐が怒った様に言った。 「晃彦にその様な事はして欲しくない…分かってくれ」  そう言われると、今日の所は引き下がるしか無い。朝食の時間も近付いている様だし、これ以上の手出しをすれば理性は陥落するのも分かっていた。 「…分かった。シャワーを浴びて、着替えてダイニングに行こう」  いつかは自分の手で彼の中を綺麗にしたいものだと思いながら、自分も身繕いをした。片桐の衣類を揃えておくと、彼がバスロウブを羽織り浴室から出て来た。 「今日は二等・三等のデッキに行くと言っていたが身体は大丈夫なのか」  心底心配になって声を掛けた。 「ああ、大丈夫だと思う」  その時、船室の扉がノックされ、朝食の時間である事を知らされた。  朝食の席だから殊更改まった服は着ないで良い筈だ。背広位が適当だろうと判断する。  服は英吉利到着後色々な場所に行く事も予測して様々な物を荷物として運び込んで有った。  まだ荷解きは終って居ないが一月以上この部屋に滞在するのだからゆっくり片付けをすれば良いと思った。  片桐の背広を渡してやると、彼は感謝の眼差しを向けて微笑する。背広は自分達の階級では着慣れない物だったので二人してネクタイの結び方に苦慮していた。 「あ、そうだ」  片桐が手荷物から本を取り出す。題名は勿論英語で「服装のマナァ」と書いて有った。  その図解を読みながら、片桐がネクタイを結ぶ。さっきとは全く違った形の良い結び方が完成した。一回結び終えると、彼は自分の首にも同じ様に結んで呉れた。手先が器用で几帳面な彼だから出来る芸当だろう。自分にはきっと出来ない。 「有り難う。毎日結んで貰っても良いか」 「これくらいなら大丈夫だ。任せてくれ」  そう言って片桐はカギの束を持って部屋から出て行こうとする。部屋から出て片桐は言った。 「金庫とか、部屋にはちゃんとカギかけたよな」 「ああ、大丈夫だ」 「なら良かった。これからもちゃんと見ていて呉れ」 「分かった」  他愛の無い事を話しているとダイニングに着いた。真っ先にオブライエンの姿を探すが彼は居なかった。一抹の安心感を抱き、昨日の片桐の嫉妬――個人的には嬉しいが、彼の心を乱すのは本意ではなかった――  朝食は特に席が定まって居なかった事もあり、品の良い老夫婦の隣の席に座った。何処かの夜会で見た事が有る人だった。多分金満家が老後の旅行として大英帝国に行こうとしているのに違いない。

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