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第27話(蜜月編)
片桐も真剣な面持ちで彼らを見ている。
肘でそっとつつき囁いた。
「先に三等デッキまで行くか」
片桐が答える前に気さくな感じの中年男性が話しかけて来た。
「お前達は随分若いなぁ。その年で会社から任されているのか」
邪気の無い笑顔に、曖昧な笑顔を返す。
「と言う事は、英語は話せるのかよ」
本当の事を言う事も出来なかったので困っていると、片桐が助け舟を出して呉れた。
「外国に憧れて小さな貿易商に入りました。勿論最初は訳も分からず手伝って居ましたが、何となく英語が分かって来たので、上司が驚いて教えてくれました。それから社長も英語塾に通わせて下さいました。大体の言葉なら分かりますが、早口になるとさっぱり分かりません」
「な?」とばかりに彼の眸は自分に向かっている。
「そうです。で、これが初の英吉利行きです」
慌てて調子を合わせた。
男は煙草を出し、「吸うかい」と聞いた。二人とも喫煙の経験は無いので謝絶した。その様子を見ていた片桐は、ちらりと笑みを零し商人に話しかけた。
「輸出ですよね…何を輸出するのですか」
「お、お前達は江戸っ子だねぇ。しかも本当は小さな貿易商で働いているとは思えねぇ話っぷりだ。きっと大きな会社なんだろうなぁ」
――話し方が丁寧過ぎたのだろうかと思った――山の手言葉と下町言葉が有る位は知っている。
「いえ、これも社長に躾けられました。すっかりこちらの方に慣れてしまって…」
片桐が臆する事も無く言った。
「そりゃ、立派な社長さんだよなぁ。あ、そうか、輸出の話な…」
煙草の煙を美味しそうに吐き出しながら話し続ける。
「ウチの会社、本当は貿易商じゃねぇ。お面作りの会社なんだ」
「お面…と言うと、盆踊りなどで被る物ですか」
片桐が興味深そうに聞いた。
「そうそう、そこに英吉利人から注文が殺到してな、それなら向こうで売った方が早いと社長が判断したわけだ」
「どんなお面なんですか」
こういった話も片桐は大好きだ。彼の気の済むまで話させようとだんまりを決め込む。
「最初、注文が来たのは天狗のお面だ。それもびっくりするぐらいの発注数だったんで工場はてんてこ舞いだったんだ。で、それから曲がりなりにも英語が少し出来る俺が見込まれて現地に売りに行けという事になっちまった。天狗や「おかめ」や「ひょっとこ」なんかが船の倉庫には沢山有るんだぜ」
しばらく考えていた片桐は、商人には気付かれない様に気の毒な表情を浮かべて居た。自分が片桐の唇や瞳などをずっと凝視していたからこそ分かる変化だった。
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