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第31話(蜜月編)
「片桐、その女の子は何だ」
「えっ」
片桐が振り向くと、膝下まで有る子供用の着物を着た5歳位の中々可愛い女の子が片桐の後を嬉しそうに付いて来ていた。
「迷子だろうか…しかし、夕食の時間が迫っている…。このまま特等に戻って、船員に親御さんを探して貰おう」
「兎に角、船員に知らせなければ」
片桐は言ったが生憎近くに船員は居らず、仕方なく特等のデッキに戻った。特等には船員が沢山働いている。勿論女中も。彼らに事情を話し、可及的速やかに親御さんに戻さなければと思うのだが、女の子は片桐が差し出す手を嬉しそうに握っている。
少し、ほんの少しだけだが、人前で手を繋ぐ女の子を見て羨ましく思った。 オブライエンが選んだテェブルは四人掛けの席だった。食前酒を選ぶに当って、彼はメニューを見ずに言った。
「片桐君と同じ物を」
これくらいの事で大人気ないと思ってもむっとしてしまう。
「僕も同じ物を」
片桐は不思議そうな顔をしていたが、メニューを見て、給仕に告げる。
「キールをお願いします」
特等室のダイニングで出されるのは仏蘭西料理のみだったので、前菜から全て決めなくてはならない。そこでもオブライエンは全て片桐と同じ料理を頼んだ。勿論自分も同じ様にしたが、疑惑は益々膨らんで行く。
給仕が食前酒を恭しく運んで来ると、片桐は彼に話しかけた。
「僕達が見つけた迷子は無事に親御さんと会えましたか」
「わたくしどもでは分かりかねますので、警備室に問い合わせ致します」
「宜しくお願いします」
給仕が下がった後、片桐は半ば心配そうに話しかけて来た。
「無事に親御さんと会えればいいな」
「そうだな。しかし、親御さんは必死に探しているのだから恐らくは大丈夫だろう」
安心させる様に笑いかけた。
オブライエンは、二人の会話を興味深そうに聞いていた。
「何の話だい」
英語で片桐に話しかけた。
片桐も英語で今日の経緯を話している。話して居る人の目を見て話すのが礼儀だが、矢張り彼の目には、何か違った輝きが有ったのが不愉快だった。
黙って、主菜を食べていると、先ほどの給仕の他に警備員の制服を着た船員がテェブルに近付いて来た。二人とも困惑した表情をして居る。
「お食事中申し訳有りませんが、お話しても宜しいでしょうか」
何か有ったのだろうか。そう思っていると片桐も同じ事を思ったらしい。
「構いません」
その返事を待って、警備員が立ったまま話す。
「実は、乗客名簿を全て調べたのですが…ハヤシ様は数名いらっしゃいました。しかし、お子様連れのハヤシ様はいらっしゃいませんでした。念の為、ハヤシ様全てにお話をお伺い致しましたが、矢張りお子様はお連れになってないようです」
片桐の顔が曇る。警備員は腰を折って、心から恐縮したかの様な顔をした。
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