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第33話(蜜月編)
片桐が幾分困惑した表情で、膝を曲げて少女に話し掛けている。
「お嬢ちゃんの名前と年を教えて貰えるかな」
「名前は、ハヤシ ミスズです。年は・・・4才です」
しっかりした子供らしい。
「お兄さん達のお名前は」
「オレは片桐で、こちらは加藤と言う」
「初めまして」
「こちらこそ初めまして。御両親は」
「海をずっと見ていたら、いつの間にか迷子になったみたい」
片桐の手を繋いだまま少し途方に暮れた様に笑った。片桐は困惑混じりの微笑を浮かべた。その笑いが少女の心配を解いたのだろうか、嬉しそうに笑った。
「どこからオレ達の後を付いて来たの」
そんな会話を聞きながら少女の服装を観察していた。子供用の和服と言っても実用的な膝で切ったものではなく、足首まで隠れる物だった。大人用の大振袖とまではいかないが、袖も長い。それに片桐の手をしっかり掴んでいる指は綺麗で、とても下層階級の出とは思えなかった。
「分かんない。海を見てて、お父様とお母様が居ないことに気が付いて、そしたらお兄さん達が歩いて来たの。『知らない人に付いていってはいけません』てお母様が言ったけど、お兄さんなら大丈夫かなって…」
片桐の手をぎゅっと握り締めたのが分かった。彼は苦笑してこちらを向いた。
「早く船員さんに知らせよう。警備係に連絡して貰えれば直ぐに親御さんが分かる筈だ」
「そうだな、今頃は半狂乱で探していらっしゃるだろう。多分二等の客の子供だ」
「晃彦もそう思うか」
「ああ、着ているものや言葉も上等な物だから直ぐに分かると思う」
「言葉も山の手言葉だしな」
片桐の発言にほんの少し、頭に閃いた事が有った。しかし、その閃きは一瞬で雲散霧消して仕舞う。
そこへ船員が通り掛かった。慇懃な挨拶を受けた後、事情と名前、年などを告げた。
「それは余計なお手数を取らせてしまい申し訳御座いませんでした。警備室が御座いますのでそちらにお連れ致します。名前が分かっているのですから直ぐに親御さんも判明すると思います。その時は御礼に船室までお伺い致しますので」
「いえ、船室までは及びません。また様子を伺いに参ります」
幾分頬を紅くして片桐が言う。確かに自分達の船室は必要最小限の使用人にしか見せたくは無かった。
船員は温和な顔で彼女の手を取るが、ミスズは火の付いた様に泣き出した。
「お兄ちゃん達と一緒に居る」
涙と鼻水で汚れた顔で、片桐を必死に見ていた。
それを聞きつけた船員が近付いて来、二人掛りで連れて行った。
「少し可哀相な事をしたな」
「相変わらず、もてるのだな、片桐は」
「冗談は止せ。相手は子供だろう」
実はオブライエンの事を言った積りだったが、それは口に出して言える訳は無い。肩を竦めた。
「夕食の時間だ。部屋に戻って着替えよう」
片桐が軽やかに歩き出す。
部屋に戻って、身支度を済ます彼を見ていた。目論み通り腰の辺りは特に朱が散っていた。堪らなくなって、背後から抱きつき、体を反転させる。
唇を重ね合わせた後に、彼の感じる鎖骨に強い噛み痕を残す。
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