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第35話(蜜月編)

 片桐は早く船室に戻りたがっているようだが、しっかりと手を繋いだミスズの歩調に合わせているので、歩みはゆっくりだ。ミスズは右手で片桐の手を握り、左手を握って来た。特等のプロムナァドなので、三人が手を繋いでも他人の迷惑にはならない。ミスズを仲介して片桐と手を繋いでいる錯覚に陥る。 「晃彦…もういいだろう、教えて呉れても」  片桐は焦れた口調だった。 「それでは交換に天狗のお面のヒントをくれ」  交換条件を思い出したらしい。少し言葉の間が空く。 「晃彦の質問に答えるくらいなら」  諦めたように肩を竦めて言った。 「オブライエンは片桐の考えたような使い方をするだろうか」 「彼は、日本文化に造詣が深い。だから多分しないだろう。ただ、今日もしお面を部屋に飾っていて、酔っていたならするかも知れないな。彼はキリスト教信者だろうから」  やはり良く分からない。オブライエンの「今日」今日に関係あるのかと考えた。頭の働きを良くする為に髪をかき回したい気分だった。ついでに片桐の幾分細い髪に手を触れたい欲求が芽生えた。  自分達の船室に着き鍵を開ける。ミスズは、「綺麗なお部屋」と片桐の手を握ったまま言っている。  留守をしていた間に清掃係が入ったらしい。キチンと整えられていた。  金庫の鍵を開け、横浜港出港の時に母から預かった宝石の入った袋を取り出した。 「お前ももし良ければミスズに母上から預かった宝石を見せてやって欲しい」 「それは構わないが、それが何か」 「ミスズの素性を知る良い機会だぞ」  片桐も宝石を全て出した。卓の上を二等分に分け、片桐家の宝石と混ざらない様にして、宝石を全て見せた。ダイアモンド・ルビー・オパアル・翡翠・エメラルド・サファイアなどが光を弾いて、その一角だけが別世界の様だった。 「君のお母様が持って居る宝石で一番多いのはどれ」  そうミスズに聞くと、光の渦に見入っていた彼女は、迷わずに翡翠を選んだ。  予想通りだった。 「君は日本で育ったシ…」 と言いかけて英語に切り替えた。「シナ」には蔑称の響きが有る。 「君は日本で育った中国人だろう」  彼女は矢張り英語も分かるらしく、頷いた。 「名前を書いて呉れないか」  そう言って紙とペンを渡すと、「林美鈴」と書いた。その後宝石をうっとりと眺めていた。やはり幼くても女性なのだなと思った。  片桐が目を丸くして居る。 「何故分かった」

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