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第36話(蜜月編)

「まずは、年齢を聞いた時に、少し言いよどんだ。つい、中国の数字『シ』と言いかけたのだろう。それと、四歳で英語が分かる日本人は殆ど居ない。きっと、清国以来乱れて居る国から家族と共に脱出して日本で教育を受けたのだろう。何処に行っても困らない様に中国語と英語と日本語を学んでいたに違いない。親御さんは、貿易商か何かだろうが・・・恐らくは二等船客の中に『林』という中国人夫妻が居る筈だ」  片桐は思慮深そうに言った。 「だから英吉利人のオブライエンの前では言わなかったのか」 「そうだ。英吉利は自分達の租界に『犬と中国人断り』の看板を掲げている。わが国の人間も日清戦争以降見下げている人が多い。だから二人だけの秘密にしたかった。船員名簿も警備係が調べただろうが…見下している中国人は後回しだったと俺は思う。ついでに言えば翡翠は中国では最も尊重される」 「そういえば、英語の家庭教師に聞いた事が有る。語学の天才は、呼びかけられた言語で反射的に答えてしまうと…。彼女もそうだったのか」 「多分そうだろう。彼女はお前が見ててやってくれ。俺は警備室に行って来る」  彼女が明らかに片桐に懐いているので、そうする事が正しいと思った。  警備室は、従業員全体が纏められて居る区域に有るので特等船室からはかなり遠い。日本語と英語の表記しか無い為にミスズの両親は警備室への通報が遅れたのかも知れない。それとも、日本人も中国人に蔑視感情を持って居る者が多いので後回しにされたのだろうか。「林 美鈴」を中国語でどう発音すれば良いのか分からないが、紙に書く分には問題が無いだろうと思った。日本も西洋列強の仲間入りをする為に東洋の国を蔑視して現実はゆるがせに出来ないものなのだと改めて思った。ミスズは日本語と中国語と、そして多分英語が出来るが、両親の世代では中国語しか学んで居ない可能性は高い。中国の知識人は外国語を学ぶ機会が無い事を何処かで読んだ覚えが有る。  しかも、子供が迷子になってしまって居る以上は恐慌状態で上手く日本語が話せない可能性も多い。この船が日本船籍なので、日本語と英語が出来る船員は沢山居るだろうが、中国語に堪能な船員は少ないだろう。そこから起った齟齬に違いないと思う。急ぎ足で警備員室へと入って行った。  案の定、中国人の迷子の届出は出されておらず、当直の警備員が報告書の様な物を捲りながら答えて呉れた。 「そう言えば、シナ人の夫婦がシナ語で捲くし立てたという報告が一件御座いますが、何を言っているかは分かりかねなかったと」  正装の自分の姿を見て特等船客の客だと判断したのだろう。警備員が大変丁重に答えて呉れたが、他人事の様に呑気な様子だった。 「そのご夫婦の名前は聞いて居ますか」

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