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第52話(蜜月編)

 忌忌しい思いを噛み締めて、横目で片桐の様子を窺うと彼もその視線は感じている様だったが、殊更隠す事はせずに逆に見せ付けている様子で首筋を露わに見せて微笑を浮かべて居た。二人の絆を見せ付けている様に思える。  片桐は自分よりも綺麗な発音でオブライエンと話して居た。 「フェニシングは生憎、日本では学ぶ機会が無いので、貴方の方が有利なのは間違い無い。貴方は日本文化に興味をお持ちだから剣道も少しはご存知なのではありませんか」  首筋に意味有りげな視線を全く意に介した様子を――少なくとも表面上――片桐が言う。 「勿論、日本に滞在中は学んだ事もある」 「では、剣道のルールもご存知ですよね。この際ですから、フェニシングのルールと剣道のルールを折衷しての試合にしませんか」  彼の真剣な眼差しと口調で片桐が自分の事を案じて妥協策を取り付けようとして居るのが分かった。 「剣はフェニシング用の物を使うのであれば、それでも良いが」  オブライエンが余裕綽綽の表情で言った。  剣道とフェニシングは動きが違うだけで、フェニシング用の動作をマスターすれば何とかなる筈の事を片桐も分かっている筈だ。 「フェニシングの剣などの支度はお持ちですか」 「いや、持って無い。一等客室の談話室に飾ってあるのを使う積りだ。試合は専用の服装ではなく動きやすい服装でしようと考えて居る」  フェニシングの剣は竹刀とは違い、それぞれのの癖が有る事を昨日林氏から聞いていた。オブライエンが自分専用の物を使わないのであれば、林親子が使って居る剣を貸して貰って必死に練習すれば何とかなるような気がした。  彼が自分を庇って居るのが分かるだけに余計な口を挟まずに黙って二人の会話を聞く。 「勿論、剣の先にはガードを付けて怪我が無いようにするのでしょうね」 「そんな事は当たり前だ」 「では、剣道のルールの、相手の突きが急所に当れば勝ちという事で構いませんか。頭部流石に危ないので外します」 「それ位のハンディは付け加えるべきだろうな」  あくまでも余裕の有る発言だった。自分の腕前に余程自信が有るのだろう。  片桐は、「それで良いな」と視線で確認を取って呉れた。「大丈夫だ」という意味が伝わる様に視線を返す。 「ではその様に」  会話が終る直前にオブライエンは食後の紅茶を飲み干していた。 「では、試合楽しみにして居る」  自分に向かって勝ち誇るように宣言した後、片桐の顔や首筋辺りを凝視してから挨拶と共に席を立った。 「首筋は不注意だった。済まない…」  オブライエンが意味有りげに見ていた事を謝ると、彼はきっぱりと言った。 「彼の嗜好は知っているので気にしていない。むしろもっと付けて欲しかった。所有の証を」  その言葉にますます彼への愛しさが募る。  全世界の人間に憎まれても彼の存在と愛情が有ればそれで良いと想うほどに。  たとえ、自分が死んでも良い程に思った。絶対オブライエンに勝たねばなるまい。

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