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第58話(蜜月編)

 汗を拭きながら片桐が傍に寄り話しかけた。 「良いものを見せてもらった。だが、何故こんなに練習するのかね」  下町訛りの全く無い言葉遣いに感心して、これまでの経緯を全て説明する事にした。これほどの長い時間、練習を見て呉れた事に関する御礼の積りも有って。 「そうか…、試合の日が楽しみだ。日本の武道に関する知識は、かのシャーロック・ホームズ以来、英吉利人としてはとても興味深い。お休み、良い夜を」  そう言って立ち去って行った。  自室に戻ると、すぐに二人して浴室に入った。自分は顔にこそ汗をかいていなかったが、全身は汗でしどどに濡れている。片桐も洗面台で顔を洗い、全裸になって浴槽に来て呉れた。自分も全裸で熱い湯船に浸かっていた。 「一緒に入ろう」  そう誘うと、顔を上気させながらも掛け湯をし、浴槽に入って来る。  向かい合わせに座り、お互いが突きを入れて赤く成って居る所を見る。  片桐は、上半身を折るようにして、自分の入れた突きの箇所を舌で清めるように舐めて呉れた。同じ事を彼にも施す。――この赤味が明日には良くなっているようにとの願いを込めて――  多分彼も同じ気持ちで居るようだ。 「久しぶりに本気で運動をしたので、些か疲れた」  剣道では掛け声を上げるが、フェニシングは無言だ。その為、普通に話す事が出来た。 「今日は、冷水を浴びてから大人しく眠ろう」  そう提案すると、片桐は暫く無言だったが大人しく頷いた。  その代わり、目眩のする唇で交合しているかのような口付けを交わした。  久しぶりにただお互いの体温だけを交わす日々が続いた。自分は兎に角、オブライエンとの試合に勝たなくてはならない。片桐も練習を欠かさず見に来て、その後二人だけの練習をした。終る頃には体力も殆ど限界に達していた上、これ以上の体力の消耗をしてはお互いの為にならないという自分に取って苦渋の選択だった。  特等船室の区画は色々な娯楽も楽しめる様になっているが、二等以下はそれ程でも無い。その為だろうか、毎日練習場には、ウイリアム氏も現れた。 美鈴と練習をして居る時に、珍しくウイリアム氏が口を挟んだ。 「相手は英国人ならば、多分こういう風にトリップを仕掛け、相手が怯んだところでこの様な突きが入る筈だ。これは大人に成ってから習う…少し貸してみてくれないか」  そう言うと美鈴から剣を借りて、二段構えの型を披露してくれた。  6日目の練習で、フィニシングと唐剣と剣道の構えはようやく形になって来ている。それでも、トリップの備えはしていなかったので有り難いアドバイスだった。

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