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第62話(蜜月編)

 林親子は二等船客の人間なので、特等のエリアには入って来られない。朝の内にお礼を言おうと、片桐を誘って廊下を歩いて居ると、顔見知りや自分は知らないが相手は一方的に知っているらしい日本人に「日本の名誉の為に頑張って下さい」などと言われた。 「精一杯頑張ります」  建前でそう言ったが声を掛けてくれる人が途切れた時、片桐に囁いた。 「お前の為に頑張る積りだ」 「オレは晃彦の勝利を信じているから」  静かな口調ながらも熱をはらむ声で囁き返された。  林親子に最後の指南を受ける。 「うん、これだけ上達する人って見た事が無いよ。これなら大丈夫じゃないかなぁ…対戦相手にも拠ると思うけど…」  相変わらず汗を浮かべて居ない美鈴にそう言われ、少し安堵した。林氏も大きく頷いた。 「結果は、明日知らせに参ります。剣をお返しがてら…ご指南有り難う御座いました」  深深と二人に向かって頭を下げる。ふと片桐の方を見ると彼も頭を下げていた。  ウイリアム氏に二人して近付いて行く。 「的確なアドバイス有り難う御座いました。また、練習を見に来て下さって…退屈ではなかったですか」 「退屈では無かった。剣道とフェニシングの違いを見る事が出来て有意義だった。こちらこそ有り難う」  そう言って、彼は練習場を後にした。  連日の練習で疲労が溜まって居る。午後はゆっくりと部屋で過ごそうと思った。片桐にその旨を伝えると、「それが良いな。オレもそうする」  二人で特等船客に居ると、話などをしなくてもお互いの存在が有る…その事だけで心が温まる。満たされて行く…そんな居心地の良い昼間の安息だった。  夕食は部屋付きの船員に無理を言って船室に運んで貰った。  そして、試合会場に借りた剣を持って向かった。  皆、退屈を持て余しているらしく、物人が予想していたよりもはるかに多い。  オブライエンはまだ来ていないようだった。  その時、困惑した表情の日本人船員が入って来て、上司と思しき人間に相談しているのが聞こえた。 「二等のお客様なのですが、どうしてもこの試合を見たいと仰っている英吉利人の方が居られまして…」 「二等の客は此処には入れないから断れ」 「はい、御断り致しましたが、どうしても…と。その上、此処にもし来られれば、身元保証人が沢山居るはずだと仰せになりまして」  日本人の船員は相手が英吉利人なので少し腰が引けている。暫く考えた後に渋々と言った感じで口を開いた。 「仕方無い。特例という事で許可しろ」  話の流れから、ウイリアム氏の事だろうと予測した。  彼が船員に伴われて練習場に姿を現すと、英吉利人からどよめきが上がった。

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