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第64話(蜜月編)
侯爵は、自分達に向かって言った。
「オブライエンに話が有る。当事者もそうでない人間もこちらへ来い」
そう言うと、オブライエンの方へ歩み寄った。
オブライエンは表情の選択に戸惑った様な顔をしている。
「は、初めまして。お会い出来てこれ以上の光栄は有りません」
「堅苦しい挨拶は抜きだ。僭越ながら、私が審判をして良いだろうか。ローカルルールは聞いて居るが、それが間違いではないとの確認をしたい」
「勿論です。相手に突きを入れたらそれで負けというルールです」
「では、審判を務めさせて戴く。異議の有る紳士淑女は居ないかね」
皆が顔を横に振った。
「では、此処から此処までを大雑把な試合会場とする」
侯爵がそう言うと英吉利人はその外に出た。
片桐は力づける様に微笑み、一番前に居る。英吉利人が下がったのを見て、日本人も見よう見まねで下がる。
お互い剣を構えて、剣先を交差させた。
いよいよ戦いが始まる。
「トリップに気をつけろ」そう自分に言い聞かせた。
自分に言い聞かせた後、未練がましいとは思ったが、一瞬片桐の方に視線を走らせる。オブライエンの攻撃に備えて身体中の神経を研ぎ澄ましては居たが。
片桐は最前列に立ち、必死な目をしてこちらを凝視していた。しかし、自分の視線を感じたのか、力付ける様に瞳を和ませる。
その暖かい視線を確認した瞬間、心身共に勝負に没頭出来る様に思えた。
オブライエンの軸足がどちらか分からなかったので、まず先方の様子を窺う。普通は右足だと予想はしていたが、意表を突いて左足かもしれない。
鋭い剣先が襲って来た。剣道の見切りの要領で最小限の動作で避ける。思った通り、軸足は右足だった。ただ、一撃だけでは判断出来ない。次の斬撃を待つ。鋭いと言っても、林氏ほどの鋭さは無かった。これなら余裕で避ける事は出来そうだ。次の攻撃は左が軸足だった。
どちらの足も軸足に出来るらしい。それならば、片桐に教わったどちらの攻撃を避ける方法――弱法師の構え――で対応する方が賢明だ。どちらも軸足にせず臨機応変に対応する方が勝機は高まる。
直線ではなく曲線で動く…これは今までの特訓で嫌と言う程練習してきた。
オブライエンの剣先を受け流し、攻撃に転じる。一撃で突きが入るとも思って居ない。キャリアは彼の方が積んでいるのだから。
自分の攻撃にオブライエンは意外な顔をした。多分、ここまでするとは思って居なかったのだろう。
二合、三合と打ち合う内にオブライエンの顔に汗が浮かんだ。自分は美鈴のアドバイスが効いたのか汗は浮かんで居ない事を自覚して居る。
彼は、右足を軸として突いてくる…と予想した瞬間、軸足を変え左からの突きに変えた。これがトラップなのだろう。しかし、ウイリアム氏のアドバイスの御蔭で想定には入って居たので足を見ずに全体を俯瞰して総合的に見ていた。余裕で身体を翻す。
翻した次の瞬間、突きを入れる。これはオブライエンも予想して居なかった様で驚愕の気配が伝わって来たが、寸でのところで突きには至らなかった。
強気のオブライエンらしく、直ぐにしたたかに反撃を仕掛けて来た。今度は右足が軸足だった。五合打ち合ったが、三合は右が軸足だ。きっと彼本来は右が本来の軸足なのだろう。左足を軸足にする時に勝機は有る。剣先も鋭いものの、フェニシングの竹刀に比べて細く撓る剣も充分見切る事は出来た。
その上、自分の剣の癖も分かって居る。
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