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第67話(蜜月編)

 片桐は少し勝ち誇った顔をした。 「三十倍になった」 「そんなに…」  かなりの大金だ。これなら向こうに行っても、少なくとも片桐は母上から預かった宝石を売らずに済む可能性が格段に高くなる。 「ああ、ウイリアム前侯爵が賭けてくれなかったらもう少し配当が良くなっていたのに・・・と、ポンドを渡して呉れた英吉利人が言っていたが、オレは金額よりも何よりも晃彦が勝ってくれたのが嬉しい」  片桐はその事を繰り返し言って呉れた。余程嬉しかったのだろう。  自分達の船室の扉が見える。今日鍵を持っていたのは片桐だった。扉を開けた片桐は、入り、いささか性急にドアに鍵を掛けたその手で首に抱きついて来た。  いきなりの動作によろめいたが、自分も彼の腰に手を回し、彼の薄紅色の唇に口付けた。  彼の唇が待ちきれない様に開き、舌で自らの唇をなぞる。その舌を捉え力強く吸い上げた。  舌先だけを使ってお互いの存在を確かめ合う。抱き合った手は其のままにしてお互いを感じるのは口だけの淫らな遊戯の様に――そしてそこだけがお互いの弱点でも有るかの様に――  先程までかいていた汗が身体から熱を奪って行くが、片桐の身体も火照っているので身体が熱くなる事は止められない。  ひとしきり唇で交情している様な甘美な時間が過ぎた。  片桐の唇は首に移動していた。  そっと身体を離す。その動作を不満に思ったのか、身体に回された彼の手の力が強く成った。 「俺だって続けたい。しかし、先程の試合で汗をかいた。せめてシャワーを使ってからにしないか」  片桐は潤んだ瞳で顔を凝視し真剣な口調で言った。 「オレは晃彦の汗の混じった香りも好きだ。…オレが屋敷にしか居られなかった時、いつも走って来て呉れただろう…その時…晃彦は気付かなかっただろうが、オレはいつもお前のその香りで癒されて居た」  ああ、そんな事も有ったのだな…と遥か彼方の記憶でも辿る様に思い出す。  彼が、学校にも通学出来ず、(と言ってもこれは自分の軽率さから招いた結果なので忸怩たる思いは有ったが、その後の急展開ですっかり忘れていた)彼が鬱々とした日々を送っていた頃、毎日の様に彼の屋敷に忍び込んで眠りの国に入れない彼を眠らせた事が有った。  その時は確かに走って彼に逢いに行った。その事を全く忘れて居ない彼には、脱帽だ。  その時、全く不覚にも空腹を告げる音が体内から聞こえて来た。  片桐の瞳は潤んだままだったが表情が少し変わり慈愛の微笑みを浮かべた。 「試合後、空腹に成るかと思って部屋付きの使用人に頼んでおいた。夜食が用意されている筈だ」  そう言って、立ち上がり手を繋いだままで船室を横切る。

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