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第77話(ロンドン編)
「唇と晃彦のソコにキスするから、だからオレにさせてくれ」
唇はともかく、彼からの積極的なソコへのキスは初めてだ。そんなにしたかったのかと思う。
「分かった。それ程したいなら、片桐の希望を叶えよう」
諸手を上げて降参した。
翌朝、いつもの通り7時に起きると、片桐は部屋に居なかった。それほどしたかったのかと少し笑いが零れる。部屋で朝の支度を調えると普段着に着替えて階下に下りる。
案の定彼は台所に居た。真剣に取り組んでいるのが後姿からも窺える。
「お早う。どうだ。ちゃんと出来ているのか」
集中していたのだろう。大きく肩が震え、「あっ!」という声がした。
視界には包丁は見当たらない。刃物がない事に安堵して、後ろから覗き込んだ。
卵が6つも無残に割れて卵の殻と中身が一緒になってボールに入っている。ついでにゴミ入れを見ると推定10個の元卵が捨てられていた。卵の殻を潰してしまった残骸らしい。
「だから言っただろう…。お前には無理だと…ボールの中身で何を作ろうとしていた」
「オムレットを…」
自分の失敗は分かっているらしく、悄然とした口調だった。
「そのボールの中身でオムレットを作ると、口当たりは最悪だな…」
それも分かっているらしく、未練がましく卵の殻を菜箸で取っていく片桐が妙に健気で、そっと後ろから抱き締めた。日曜は下宿の女主人が教会に行く。他の下宿人はそれぞれ食事を作ろうとはせずに、テイクアウトの朝食を買っているのは周知の事実だ。
「オムレットと何を作ろうとしていた」
耳元で囁くと、見る間に耳たぶが紅くなる。
「キャベツ炒めだ。でもどうしても上手くいかなかった…」
そう言えば、シンクにキャベツが転がっている。キャベツの葉を一枚一枚剥いて、包丁で切ったらしいが、如何せんキャベツの葉脈で太い部分を切るという発想は浮かばなかったようだ。
充分手先は器用で、記憶力も応用力もある片桐なのに、料理は苦手分野らしい。
尤も、自分達の身分では男性が自分で料理を作る機会など皆無なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが。しかし、こんなこともあろうかと、親友の三條と婚約が決まった片桐の妹の華子嬢に最低限の料理は習って来ていた。兄である片桐には内緒で。彼女は学習院の女子部に通っているのだから良妻賢母の教育は受けている。その彼女直伝の料理なので、片桐の口にも合う筈だった。
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