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第81話(ロンドン編)
「どんなことが書いてあったのだろうか」
「絢子様も柳原嬢もお前の事を心配しているという内容だ」
「そうなのか…ならオレに寄越せばいいのに」
少し不満げに唇を尖らせる片桐の傍に行って耳元で囁いた。
「神経衰弱に罹ったのは誰だ」
息が触れた途端、ひくりと身体を震わせた片桐は耳まで紅くして言った。
「あれは…」
頬までが桃色に染まっている。
「晃彦と永久に逢えないと思った…か…ら」
「では、今は大丈夫なのだな」
「ああ、大丈夫だ」
日本を出てから片桐は良く笑うようになった。日本でも自分に笑い掛けていたがどこか陰のある笑いだった。今は本当に楽しそうに笑う。
「あの写真を皆に送ろうか」
「そうだな、そうすれば俺が絢子様や柳原嬢に怒られないですむから助かる。もちろん華子嬢にも」
そう言って机の引き出しからレターセットを取り出した。
日本への返信をことごとく書いた後、就寝までの予定を確認する。学部が違うのでテスト期間は兎も角、講義の進行状態に拠ってレポート提出等の学業状況は異なる。
片桐は日本でもそうしていたようにデスクで勉学に励む事が好みの様だが、自分はデスクよりも表面積の多いロゥテーブルに行儀悪く胡座を掻いて勉強するスタイルが気に入って居る。尤も、この様な勉強方法は日本ですれば母上に叱責される事は必定だ。しかし、二人きりの部屋では咎める相手は片桐しか居ない。彼は別に気にしていない様だった。
「オレは明日の予習だけだが、晃彦は何か課題でも言い渡されたか」
夕食が済んで部屋に戻ると片桐が聞いてくる。
「今日の講義では何も課題は出なかったが、一週間後に提出締め切りのあるレポートの下調べをそろそろ終了させなければならない。資料の本が難しいのが悩みの種だ」
自分は片桐ほど英語の文献を読みこなす力が無い事は分かって居る。しかし、出来るだけ自分で読解しなければならない事も重々承知していた。
「そうか」
そう言って片桐は唇に綺麗な指を当てる。それが何を意味するか分かりきっていたので、細い腰を引き寄せて啄ばむ様に接吻した。唇の表面だけを触れ合わせてお互いの唇が息で湿るまでじっとしていた。
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