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二、驟雨(しゅうう) 二

 保温のまま放置してしまい、一晩で大分堅くなった炊き込みご飯を継ぎながらも、――やはりもう向き合うしかないのかと覚悟を決める。  そっと電子レンジの中のお味噌汁を見たら、沸騰していたので見ないふりをした。  温めるのに5分はまだ長過ぎたようだ。  いつの間にかジャージに着替えた彼が、穴が開いた縁側にベニヤ板を置いて位置を確認していた。 「あの、――君は」 「はい」 「兄の死について……何か関係がある人でしょうか。それとも兄にお金でも貸していたのでしょうか」  逆はないと分かる。色んな人に父が頭を下げていたのを、20歳の俺は見ていた。 「どっちだと思う?」 「どっちでもいいんですが――いえ、お金を貸していた方なら困ります。家には兄の借金でこの通り貧乏な生活をしております故」  兄の死は、飲酒運転による単独事故。が、保険も解約されており、ガードレールや壁などの破損に何百万とお金が飛んだ。  ソレだけでなく色んな方に借金をしていたようで、父が色んな方に立て替えて貰い、現在は俺がそれを返していっている。  すると、釘と金槌を持った彼が、立ち上がる。  一瞬殺されるんじゃないかと、その鋭い目つきに震えあがったけど、彼は静かに言った。 「本当にただの事故だと、――身内の貴方が言うのですか」 「え、どういうことです?」 「俺は貴方がこんな質素にひっそり生きているのが耐えられない」 「え、ひっそりって、あの、俺がですか?」  確かに地味かもしれないけれど、今、そんなに不満はない。 「やっと最近、父と穏やかに生活できるようになり、父も安からな眠りにつくことができました。俺は現状に不平不満は持っていませんよ」 「……本気で言ってるんですか」 「はい。生徒は皆、可愛いですし。橋本さんが父の代わりに良くして下さってますよ」  家は確かにもう持たないのかもしれないけれど、一緒に過ごしてきて愛着もあるし。 「貴方は!」 「ひゃっ」  近づいてきた彼が、乱暴に俺の手を握る。床にカランと箸が落ちて、驚いて声が出なかった。 「は、離してください。君は、――いつも乱暴です」  気丈にふるまってそう言うが、彼の顔は何故か俺よりも悲しそうだ。 「……君はどうして、――そんな辛そうな顔をするんですか?」  俺の問いに、彼は握っていた俺の手を離し横を向く。 「すいません。呑気な貴方にちょっとだけ苦しくなった。でも俺はその呑気さを守りたいがために10年以上――……」  彼が口ごもった。何を言いたいのか分からず、じっと彼の言葉を待つけれど、言葉は帰ってこなかった。 「良いんです。知らないなら、知らない貴方を守ればいい」 「守る?」 「ここが安心するならば、――俺がここで貴方を閉じ込めて守るってこと」  更に分からなくなって首を傾げても、彼は踵を返し、縁側の修正に戻った。それ以上、俺が何を言ってもこちらを振り向きもしなかった。 「庭に花がないのは寂しいですね」 「あ、そうだよね。子供たちと向日葵とか朝顔は植えたりするんだけど」 「貴方を閉じ込める花の檻が、この庭に足りない」 (と、閉じ込められる?)  も、もしやこの人、すっごく凶暴なヤクザなのではないか。わ、悪い人なのかな。  イイ人そうに見えて悪いヤクザっているみたいだし。 「薔薇ってより可憐な花がいいよなあ。小さくてさ」 「あはは……」  そう言えば、時々口調が荒々しい気がする。  ほほほ、ほら、七匹の子ヤギや赤すきんって童話のオオカミも最初は可愛らしい声だして油断させちゃうし。 「ん? どうしたんですか。ご飯食べる手が動いてないじゃん」 「あ、いえ、食べます。食べますから気にしないでください」  やっぱり二人きりは怖い。油断してはいけないのだと確信した時、廊下の電話が大きく鳴り響いた。 「あっ この時間は橋本さんかもしれない」  明日の書道教室までには帰るって言ってた。もしかして、お土産は何が良いかって聞いてくれたのかな。 沖縄だから、ちんすこう、これは絶対外せないぞ。 「ああ、もしもし。――俺です。ご無沙汰ぶりです」   え? 呑気に歩いていた俺を差し置いて、彼が電話を取ってしまった。

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