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二、驟雨(しゅうう) 三
「は、橋本さんっ」
電話を取り返そうとしたけれど、ひらりと交わされ背中を向けられてしまった。
「うわ。橋本さんはすぐに気付いてくれた。流石っすね。氷雨さんとか、怖がるだけで全然気づいてくれないっすよ」
――全然、気付いてくれない?
「まあ、眼中にもないようなガキだったんじゃねえっすか? あ、はいはい」
ん、と受話器を渡された。けれど、――なんでこの人が橋本さんと親しいんだ。
「教えないですよ。気付かない貴方が悪いんですし」
意地悪く微笑むと、彼はまた縁側の方へ踵を返す。
くっそう。か、金槌とか凶器を持ってなければ、言うことなんて聞かないのに。
「もしもし、橋本さんですか!」
『はい。こんばんわ。驚きましたね、彼がいつから居るんです?』
電話の向こうでクスクスと橋本さんが笑っている。
俺は彼に聞こえないように受話器を手で押さえながら小声で尋ねた。
「あ、兄の名を名乗って隣に越してきた人です。橋本さんはどなたか知ってるんですか」
『樹雨さんの……』
「そうです。なんか、ちょっと怖いし」
『……』
橋本さんはほんの数秒無言になると、向こうで小さく嘆息した。
『あんな悪ガキを覚えていない貴方も呆れますが、――彼の行動力には敬意を称しますよ』
「どういうことですか」
悪ガキ?
橋本さんから見ても、やはり彼は悪い人に見えるんだ。
『でも丁度良かった。こっちは台風が来てまして、明日の飛行機が欠航しちゃいまして』
「えええ!?」
『そっちも雨が酷いですか? いやあ助かった。彼がいるなら私までは行かなくても氷雨さんの手伝いぐらいは出来るはずですよ』
この流れは、嫌な予感しかしない。
「炊き込みご飯はもう今、お茶碗に乗っているもののみです」
『そうですか。では彼に料理を教わってみるのも面白いかもしれませんね。明日の準備について、彼に電話を代わって貰えますか?』
「絶対嫌です! あんなヤクザより橋本さんがいいです!」
つい大きな声でそう言うと、背後に気配を感じた。
「あ……っ」
無言で俺を見下ろす彼は、怖い。蛇に睨まれた蛙とは、まさしく俺の事だ。
固まった俺から受話器を奪うと、彼は俺に背を向けた。
「俺がこの人の世話係をすればいいんだろう。で、何から何までするんですか? 添い寝?」
添い寝!?
おやすみからおはようまで彼と一緒に居るなんて耐えられない。
震えあがる俺を余所に、彼は橋本さんの指示に、何度も相槌を打っている。
本当に彼が明日から数日、俺の補助や身の回りの世話を!?
「だ、大丈夫です! 彼がするぐらいなら、俺は自分で――っ」
言い終わる前に、目の前の壁にドンっと大きな衝撃が飛んできた。
彼の両腕が壁に置かれ、彼は肩で受話器を抑えている。
その中に捉えられた俺は、彼の真っ直ぐな瞳に捉えられていた。
「アンタに選択権はねえんだよ」
固まった俺の髪に、ゆっくりと彼の大きな手が置かれた。
そのまま頬に降りて、そして唇をなぞると、悪魔の様な笑顔を浮かべた。
「黙って囚われてろ、センセ?」
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