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三、私雨 一

Side:樹雨(喜一) 『そうですか。夏休みの間だけなんですね』  ばあさんの後ろから、俺は氷雨という男を睨み上げた。  中学生の男だと聞いていたけれど、線が細く柔らかい身のこなしは女みたいで。  小学生だった俺には上手く言い表せないような、切なくて甘い感情がこみあげてくる。 『よろしくお願いしますね』  同じクラスの女子よりも、テレビで見る芸能人よりも、俺にはその人が綺麗で艶めかしく、心の一番奥を震え上がらせた。 『お前、男ってウソだろ』  よろしくと、伸びてきた氷雨の白く細い手を睨みながら、そう言う。 『あ、はは。これでも学ラン姿は父が男らしく見えるって言うんですけどね。着替えてきましょうか』  臙脂色の着物を、苦笑しながら揺らす。その時に見えた胸元が何故か俺の動機を更に早く打たせていく。  あの人の中では、生徒は全員可愛い小学生のままで成長が止まってるんだろう。  その中の生徒が、小学生時代から自分を恋愛対象、はたまた性欲を感じているのだとは微塵も思っていない。  アンタの着物の帯を引きぬいて、抵抗するなら帯で縛り、着物の割れ目から手を入れて――震える貴方の肌を触りたい。  潤んだ瞳、甘く零れる吐息。  ストイックで上品なアンタを、思い切り乱して、アンタが知らない快楽を植え付けたい。 『元気がある字ですね』  優しく頬笑むその顔が、――綺麗だと思った。  忙しくて、生徒の顔なんて覚えられなかったんだろうけど、生徒の一人としてしか見てもらえなかった俺の気持ちがアンタにわかるか。  兄が死んで泣くアンタは、通夜にきた俺に気付きもしなかった。今はどうだろうか。  名前を言っても気づかれなかったら、俺は傷ついて立ち直れないかもしれない。 だったら――全て片付くまでゆっくりと此処に閉じ込めてやる。

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