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三、私雨 四
「せんせー。パンツ入れた方がいいよ」
「へ?」
朝9時にやってきたのは、ショートヘアの似合う女の子、舞ちゃん。午後からはクラブが入ってるため、特別に午前中に来てもらってる。
「パンツ。先生ってあんな色のパンツ履くのね~」
「パンツ!」
足が痛いのも忘れて、裏口から物干し竿のところまで走った。
(ほ、干してる……)
干したままになっている下着は、昨日、一昨日と二回も雨に晒されてしまっていた。
……忘れてた。雨が続きそうだからって一気に洗濯して、家に干せなかった下着を外に干していたんだった。
下着は橋本さんには渡さず自分で干していたから、忘れていた。数枚の下着を取り込みながら、息を飲む。
……明日の分は今から洗濯しなければ……ない。ない。
「先生、小筆潰れたから新しいの頂戴」
「きゃっ!」
いくら小学生とはいえ、女の子に下着を見せるわけにもいかず、慌てて袖の中へ隠した。
舞ちゃんは二百円を指先で摘まみながら、首を傾げている。
「先生、男なのにパンツ恥ずかしいの? うちのお兄ちゃんとかお父さんは夏場はパンツだけよ?」
「お、俺は着物が落ちつくから、そんな姿しません!」
サバサバしたスポーツ少女って感じの子だけど、女の子は女の子なのに、家族の人はちょっと鈍感すぎではないのか。
「ふうん。せんさいねえ。それより早く―! 小筆」
「はいはい。ところでお昼はどうしますか?」
「今日は橋本さん居ないみたいだし、家に帰って食べる。先生の料理は食べちゃ駄目って橋本さん言ってたし」
…橋本さん。本当に良い教育をされてるなあ。
「先生は?」
「俺は、舞ちゃんが居ないなら近くのお蕎麦屋さんへ行こうかな。ランチが500円なんです」
あそこは行けばエビ天をおまけしてくれるから、行くのが楽しみだ。
「なんか、先生の綺麗な顔から、庶民じみた言葉って余り聞きたくないのよね…」
寧ろ、庶民じみた言葉しか話していないのに。黙っていろってことなのかな。
「さて、とっとと書きあげてしまいましょう」
「そうだねえ」
午前中はのんびりと、舞ちゃんと楽しくお稽古ができた。
ごろごろと、――また雨が降り出しそうな空。おけいこ後に雨が降れば、縁側にはバケツを用意しなきゃだし、皆バタバタ帰るから寂しいのになあ。
項垂れつつも、角を曲がりお蕎麦屋さんへ向かう。ちょっと路地裏みたいな、一見さんには見つかりにくい場所にある。ランチは人が多くはなるけど、同じ町内の知り合いばかりだから別に問題はないし。
「てえめ! もういっぺん言ってみろや!」
ガシャンっとフェンスが大きく揺れる音がした。
その音に続いて、鈍く重い音、怒鳴り声と共にまた音がする。
これってもしや喧嘩?
「てめえこそ、俺が誰か分かってないんか。ああ? 調子のってんじゃねーぞ」
「んだと!」
「――ちょっと来い。良いところ連れてってやるわ!」
(……この声?)
ついつい壁から向こうを覗いてしまう。すると、川の前で数人が、一人の男の人を取り囲んでいた。
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