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五、樹雨(きさめ) 三
縁側に座っている俺には、視線もくれない。
それにしても……可愛かった。
怖がりながらも俺に触れられて、無防備な姿を見せてくれるのも。
大体、廊下の穴に落ちるとか、まず可愛いだろ。
手当中、俺のセクハラに耐えるのも可愛いし、キスに驚く姿も可愛い。
どうして畳で扱けるのかわからないが、下着を穿いていなかったから、つるんとした桃尻が見えた時は拍手喝采しそうになるぐらい可愛かった。
恥じらう姿も、涙を浮かばせて快感に身体を震わせるのも、あんなに色っぽくなるなんて反則だ。
いつもは子どもたちと同じ顔で同じおやつ食べてる、ちょっと天然みたいな顔してるのに。
いつか必ず、俺が開発してやりたい。
もっと気持ちが良いこと教えてやりたい。一緒に気持ち良くなりたい――。
携帯を取り出して先ほどの写メを確認した。勿論、悪用はする気はない。
けれど、つい先刻のことなのに可愛い氷雨さんの顔を見たら、ムラムラしてくる。
歯型だって可愛いって思える俺はかなりストーカー気質というか。
花さえもない枯れ果てた庭を見ながら思わずため息が零れた。
Side:桜花 氷雨
大分、胸の動悸や身体の震えは止まった。大きく息を吸い込むと、寂れた庭を見る彼の元へ駆け寄った。
許せない。これ以上、彼の好き勝手にされるつもりは毛頭ない。
「氷雨さん?」
「止めないでください!」
橋本さんが不思議そうに小首をかしげたが、チャンスは今しかない。
着物で全力はきつかったけれど、背中を向けた彼は、縁側でのんきに座っている。
俺が狙ったのは、その手に握った携帯だった。
「覚悟!」
「え?」
ようやく気付いた彼が振り返り、俺が走ってくるのに気付いて立ち上がった。縁側に置かれた携帯を思いっきり庭目掛けて蹴ると、携帯は弧を描きながら草むらの中へ落ちて行く。
「壊れてしまえばいいです!」
先ほど撮られた写真。削除したかったけれど、俺は携帯を持ったことがない。
隙をついて、操作が分からない携帯から削除するよりは携帯自体を壊した方がいい。
後ろで橋本さんが爆笑する中、庭に立ちつくす彼を俺は見下ろした。
「何か言うことはありませんか」
謝罪されても許せない。
そもそも、なんで男の俺にキスしたりあんな風にさ、――触ったりするんだ。
脅迫にしても、あまりにも気持ちを無視した行為だ。心を通わせた相手ならば見せてもいい場所だと思う。
下着を穿いてなくて見せてしまったのは、俺の普段のだらしない生活のせいだけど、嫌がってるのに行為を続けて、尚且つ写真を撮るなんて。
「言いたいこと、ですか。いっぱいあります」
「男の癖に言いわけが一杯あるんですか。恥を知りなさい」
自分だって男らしいことなんて何一つないくせに、そんな大口を吐いた。
すると、彼は蹴られた携帯なんて目もくれず、真っ直ぐに俺を見る。
穴が開くんじゃないかってほど、強い眼差しで俺を見る。
「好きです」
「……え? 鋤?」
「貴方を閉じ込めたいほど好きです」
彼はまた、はあと溜息を吐いた。
「す、すき!?」
「ってか、当たり前だろ。好きなやつにキスとか」
「当たり前なんですか!?」
俺は後ろの橋本さんを見たら、橋本さんはスーツケースに倒れ込み、バンバンとスーツケースを叩いて爆笑していた。確か橋本さんは笑い上戸な人だった。
「まあ、返事は全部終わったあとでいいけど、何が始まって終わるのかは、あんたには関係ない」
「は? 関係ない?」
「俺がまた押し倒すから。返事を貰うまで離してやらない。それだけは覚悟しといて」
は、話が見えてこない。彼が何を始めて何を終わらせるのか俺には教えないけど、終わったら押し倒すって。
つまり俺は彼にいつ押し倒されるのか日々怯えないといけないのか。横暴すぎる。
この人もしかして、分かってないのかな。
「あのね、恋人じゃないのにキスするのかおかしいんだけど、それは分かるかな」
「子どもに話かけるみたいに言うなよ。子供じゃねえよ」
「君は支離滅裂すぎます。そんな人を信じられません」
「別に信じてもらわなくても、俺が好きならそれでいいだろ。今は。そのうちに、何とかするからさ」
「横暴です。意味が分からないです! 橋本さん!」
追い出して欲しくて橋本さんに助けを求めた。
すると橋本さんは、笑いすぎて溜まった目じりの涙を、指先で救いながらこちらへやってくる。
「喜一君……。残念なお話があります」
うんうん。さっさと追い出してください。
「氷雨さんは、熱烈に交際を求めてきた女性とお見合いをしたことがあります」
「へ?」
な、何の話?
なぜ、今、その話をする必要があるの。俺自身さえ記憶の彼方へいっていた出来事だ。
「はあ!? んで余計なことしてんじゃねーぞ」
「私もお世話になった方だったので断れなくて。しかし先方は激怒されて断ってきました。向こうから結婚したくて親の権力を駆使してきたのに、です」
「……いや、あれはその、俺が携帯を持ってないから連絡先を聞かれても応えられなかったのと、俺が彼女の文字を見たいから文通を提案しただけで」
「は?」
彼の顔が間抜けなぐらい、目を丸めて大きく口を開けた。
「俺にも文通から始めろって言いたいのか?」
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