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六、怪雨(あやしあめ) 六

……花びら? 何故か彼の肩に花びらが着いている。 それに気付いた時には、もう俺は身動きができない状態だった。 「やっ 離して」 「頼むから、何も考えないで。アンタは知る権利はあっても、――傷ついちゃ駄目な人なんだから」 「痛いっ痛いです!」  足ではなく、捉えられた腕の力が強かった。  それなのに、彼は何故か俺を離さずに、代わりに着物の帯を掴んだ。  畳の上で尻もちをつく。覆いかぶさってくる彼に逃げれるわけがなかった。  ゆっくりと縁側のふすまを閉められ、視界に彼しか映らなくなる。 「今日は一日中雨だったから、帯も濡れてきつく締まってませんか?」 「大丈夫ですっ」  そう言ったのに、彼は俺の着物の帯を乱暴に解く。  なんでなんでいつも、身体に触れようとしてくるんだ。  俺の気持ちは一切無視して、触れてくる。  着物が肩から落ちて、抱きしめられた腕で止まった。それでも、胸までは肌を曝け出してしまう。 「やめて。どうして君は、こんなことばかりするんですか」  震える声は情けなかった。  けれど、彼は守ると言いながら――俺の嫌がることしかしない。  俺を辱めることしか、しない。 「今日は下着つけてるんですね」 「なっ」  彼の視線が、下へ降りているのに気づいた。 「シーサー柄?」 「違います!」  暴れ逃れようとしたら、着物は足に絡みついて落ちた行く。 「今度は見逃さない。体中、傷がないか確認する」  するりと腕が離れて、畳に座りこんだ俺は、彼を見上げた。 「体中、――調べるから」  機械的な冷たい声に、畳の上を後ずさる。  長襦袢に手を伸ばす彼を、身体を縮めて拒絶するしかなかった。 「……俺の顔を、見てください」    彼を見上げて、そう言った。 「ちゃんと、見て」  彼が俺の目を捉えると、少しだけ揺らぐのが分かった。 「今から、貴方が俺を辱めるんです。顔を背けず、見てください」  震える声で、決意するようにそう言うと、俺は抵抗を止めた。  どうせ、体力は敵わないし、疲れるだけだから。  彼が、傷を調べるだけなんて信じられなかったし。  彼は、俺の目を見ながら苦しそうに眉をしかめた。 「貴方から俺を見てくれたのは、これが初めてって知ってましたか?」  一度だけ、手が躊躇されたけれど、拳を作りぎゅっと力を込めた後、再び伸ばされた。  そして長襦袢の紐を容赦なく引っ張った。 「貴方は書道が恋人で、生徒なんて月謝ぐらいだと思ってましたよ。だから名前も顔もどうでもいいんだって」 「違います。俺は器用じゃないから――傷つけたことなんて知らなくて……あっ」  突き飛ばされ、座布団の上に倒された。  肌蹴た長襦袢は簡単に奪われていく。それでもどちらも目は逸らさない。 「喜一って呼んで。一度も呼んでくれてない」 「呼びません。絶対に呼んであげません」  兄の名を語った彼を、名前で呼びたくない。  こうして俺の着物を奪いながら、傷ついた表情の彼の傲慢さに俺も意地を張る。  下着一枚になり、着物の海に押し倒されて身体が震えていても、俺は睨むのを止めなかった。  彼が怪我をしてないか、肩や腕、腰に手を伸ばすたびに大きく身体を震わせても、目だけは見つめた。  けれど、最後の下着。   下着の中へ指が侵入しようとした瞬間、じわりと涙が滲んだ。  抵抗はしないと決めたのに、誰にも見せたことのない部分を彼に触られると思うと、怖い。  二度目なのに、場数もない俺は知らない快感を受け付けられる拷問に近い。 「君は勘違いしてますけど、俺は男ですので守って貰おうなんて思ってないし、君が勝手に俺の周りで騒いで――んんっ」  言い終わらないうちに、唇を塞がれた。  先に目を逸らしたのは――彼だった。  そのまま体中に手を這わせ、下着を太腿まで下ろして直に触れて来た。  彼の手先は冷たくて、俺は情けない声を出してしまいそうで、脱ぎ散らかした着物を掴み口に押し当てた。  それでも――今日は俺のモノは全然硬度を持たず、彼の手の中で柔らかいままだった。   いつしか、着物に顔をくるめて、甘い声ではなく嗚咽が漏れた。  こんな歪な関係に、俺の涙腺は壊れてしまったようだった。すすり泣く惨めな自分が死ぬほど恥ずかしい。  消えてしまえばいいのに。彼も、俺も。 「どこももう、怪我はないみたいですね」  その言葉に返事ができるわけもなく、着物の海に顔を埋めて身体を落ちつかせた。

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