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六、怪雨(あやしあめ) 七

 彼は俺を此処に閉じ込めたいという。  けれど、俺はこの切り取られた小さな世界しか知らない。  閉じ込めたいと言いながら、俺の庭を広くして視野を広げさせたのは彼の方だ。 「ごめん……本当は泣かせたくないのに止まらない。貴方が好きなのに、泣かれると――理性が壊れてしまう。俺が貴方にしたいことは、こんな乱暴なことじゃないのに」  酷く苦しげにそう言われても、俺は慰めてあげられない。  まだ全身が震えて、触れた体中が熱くて虚しくて惨めだ。 「君は俺を辱めればいい。支配すればいいそれで満足なんです。俺の感情はいらないんです。傷ついても、こうやって支配さえできれば、いい。俺の心は傷ついても、壊れても、いいんですよね」 「氷雨さん」 「怖い。でも力もかなわない。怖いのに、好きって気持ちを免罪符にして貴方は、顔も名前も忘れた俺を閉じ込めた。忘れないように、傷つけても心に刻むように」 「だから、そんなつもりじゃない。本当に俺は――」 「好きだから乱暴にしてもいいはずはないし、言いわけに過ぎない」  身体に着物を纏わせながら、俺は彼を見る。  着物に押し付けて、鼻も目も真っ赤で情けないはずだ。 「大人ぶろうと背伸びしても、中身はでんでガキですね。何一つ、成長できてないんじゃないですか」  と、自炊も出来ない俺が言うセリフではないが、全てを隠す彼に俺は我慢の限界だった。  勝手に守って、勝手に怒って、――何一つ教えてくれないのだから。  埋められない距離は、丁度格子の外と中ぐらいの距離。  檻の中に閉じ込めさえすれば、――自分の気持ちも相手の気持ちも見えないから要らない。  彼の横暴さは、そんな距離を取らされる。 「着物、とりあえず着ませんか?」  脱がせたお前が言うな。  そんな暴言を飲みこみながら、目じりに溜まった涙を指で払う。 「距離が縮まないならば、君はもう此処に来ないでほしいです」  乱れてしわになった着物を掴み、帯をシュルシュル合わせていく。 「檻の中で閉じ込めて、たまに餌でもあげて遠くから観賞する程度で満足して下さい。花で飾って愛玩動物程度の存在でイイです」 「……そこまで臍曲げんなよ。言えないだけで、気持ちはあれなんだし!」 「あれって何ですか」 「だから好きって言ってるだろ! 今だって、アンタの裸見て我慢してるんだから、俺の優しさに感謝しろよ!」 「はあ? さっきまで君が我慢出来てなかったくせに、何を言うんですか! ムキになると言葉使いも悪くなるし、この野蛮人!」  歯痒いというか、すっきりしない彼の態度に俺もいい加減我慢の限界だった。  彼よりも何歳も年上だというのに大人げないかと思うけれど、――多分俺は、何も教えてくれない彼に拗ねて見せたのかもしれない。  彼は彼で子どもなので気づいていないけれどもう少し、違う形で俺を守ろうとかアプローチしようとか考えてくれてもいいのに。 「……埒があかないですし、君も仕事が忙しくなるとか大層な事を言ってましたんでもう帰ってくださって大丈夫ですよ」 「氷雨さん!」 「ああ、俺を閉じ込める理由を教えてくれるなら居てもいいですけど」 「……くそ、ちょっとは頭を使いだしたな。能天気かと思ってたのに」  人を能天気と言ってのけるこの人の神経も分からない。俺に彼を理解するのは無理なのだろうか。  すると、玄関の戸をドンドンと叩く音が聞こえた。 「おい、居るのは分かってるぞ、出て来んか」  野太い男の人の声に、俺と彼に緊張が走る。  ドンドンと大きな音は鳴りやまず、代わりに窓縁が音を立てて揺れる。  とっくに空は真っ黒になってるし、こんなボロい家に営業にくるにしても色々と不自然だ。 「――氷雨さんは此処から動かないでください。や、何かあったら隠れてください」  彼は携帯の通話ボタンを押すだけの状態にしてから、玄関へと歩き出す。 「守られるのは結構です! 自分の家ですから自分で対応します!」 「良いから言うことを聞いとけよ!」  ギャンギャンと子犬同士の喧嘩の様に、言い争っていると、擦りガラスの向こうから大男の影がまだドアを叩いているのが見えた。 「さっさと出てこんかい!」 「……氷雨さんは足が痛いのだから、安全と分かるまで出ないでください。良いですね?」  巨体にビビった俺が黙って横を向くと、了解したと受け取ったのか氷雨は歩き出した。 「何のご用でしょうか」 「あああ? 御用!? ふざけんな、俺は呼ばれて来とるんじゃ」 「どちら様でしょうか?」  淡々とした口調の彼に、ドアの向こうの大男が痺れを切らした。 「岸辺の頼みで来てやった医者だ。さっさと開けんか、糞ガキが」

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