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七、甘雨(かんう) 二
「いいんじゃないですか、お見合い」
橋本さんが代わりに受け取ると、お見合い写真を開いてみてしまった。
「え、ええ!? 橋本さんまで」
「だって気を持たせて可哀相な教え子が一人いるじゃないですか」
「……誰の事ですか。誰の」
もしかして、彼の事ではないよね。そもそも彼は同じ男性だし、お見合い云々には一ミリも関係ない。
「あら、アプローチされてるの。で、氷雨さんはその方が苦手……。いいじゃないかしら。牽制にもなりますわよ。そうね、私の暇な大安の日は、と」
華樹院さんがウキウキとスケジュール帳を取り出すと、ペラペラ確認しだした。
忙しい方だから、そうすぐに空くこともないはず。
「あら、来週の土曜日はどうかしら」
「来週!?」
「ええ。お茶会の後、そのまま此処に連れてくる形でいかがかしら。その足だし先方には事情を伝えておくので」
「此処に来るんですか……」
だったらこの逐60年以上の古さに逃げ出すかもしれない。
それに此処から出ないのならば、彼の逆鱗に触れることもないだろうし。
「分かりました」
「きゃーひさめ先生がお見合いだって!」
「ママに報告しなきゃ」
「すげー。土曜ならおれたちもみれるー!」
「こ、こら。大人の話を聞くんじゃありませんッ」
縁側から子どもたちが次々と顔を出しはしゃぎだした。
でもこの子どもたちの冷やかしも、嫌になるかもしれない。
気が変わらないうちにと、さっさと相手側に伝えに行った華樹院さんが帰られ、なかなか帰らない子どもたちを門まで追い出してから、橋本さんを見た。
「……俺がまだまだ一人前ではないことは、橋本さんが良く知ってるくせに」
「いやあ、喜一くんのいじらしさが可哀相でね。実らないならば実らないと、教えてあげなきゃいけません」
「俺はちゃんと伝えているつもりです」
「そうですか? 氷雨さんはまだどこか、彼の真意を探ろうと自分のテリトリーに入れてしまってますよ」
テリトリー。難しい言葉を言われても、自分の気持ちなのに上手く言い表せられない。
それに彼は、俺の身体に触れることの方が目的な気がする。
気持ちではなく身体を、制圧してこの檻に閉じ込めるように。
そんな彼が、俺の言動で傷ついた表情をするのが本当はすごく嫌でたまらない。
Side:桐生 喜一
あの庭の、あの花壇に、どんな花が咲き乱れるのだろうか。
氷雨さんなら、梅雨の日の朝顔も、夏の日の向日葵を眺める眼差しも、紅葉の絨毯の上に佇む姿も、――雪の日に小さく芽生える花の雪を落としてあげる仕草も。
きっとどれも似合っている。俺はそれを望んでいるはずだ。
それなのにあの着物をはぎ取って、抵抗できないあの人の白い肌の上に、華を散らせてやりたいという欲望もある。
止まらない。やっぱあの人の前に出てくるのが早かったかもしれない。
もう俺が簡単に組み敷くことができるぐらいになった。
少しぐらいの抵抗だって先に快楽を植え付けてしまえば――っ。
「おい、仕事中に何を考えてんだ、ガキ」
ハッとして顔を上げると、張り込み中だった俺の車の中を、岸辺さんが覗きこんでいた。
「何してんだ?」
「逮捕状が作られ次第、自宅へ捕まえに行くんです。なんで、逮捕状待ちの待機」
本当は一般人を巻き込まないために、今関わっている事件は伝えてはいけないことになっている。
が、この人だし。もう逮捕されるんだ。問題はない。
問題ばかりの氷雨さんの事件に比べれば、とるに足らない。
「ふうん。良く分からねえが」
じゃあ聞くなよと、悪態を吐きたいけれど、今は氷雨さんを監視してもらっている手前、呑み込むしかない。
「で、岸辺さんは何をしてるんだよ」
「おぼっちゃまのお見合い情報だよ」
よく引き受けるな。橋本さん経由なら断れないかもしれないが、あの人は何を考えてるんだ。
「こんな時にお見合い!?」
「こんな時って、ぼっちゃんは兄の保険金を巡って一悶着起こってるのはしらねえんだろ。で、お見合い相手だが、お茶会のあとに来るらしい」
「お茶会? ソレって何曜日だ」
「確か、土曜の大安」
「……くっそ」
惷月堂の夏の和菓子のお披露目会の日だ。
「なんかけったいなバーさんだっがな。かじゅいんとか言っていた。そっちは橋本に聞け」
「ああ、そうする」
華樹院ならどっかで名前を聞いたことがあるが、お茶会でお見合いだのなんだと言わなきゃいいんだけど。
お見合いなんて吉保が聞いたら、どんな行動をとるか分かったもんじゃない。
「……ちなみに相手って写真見た?」
さり気無く聞いたつもりなのに、岸辺さんはにやりと悪代官のように笑った。
「20歳。短大を出たばかりのお嬢さんらしい」
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