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七、甘雨(かんう)  三

 若い女だと、きっと氷雨さんの容姿を見て王子だと騒ぐと思う。童顔だから、そんなに見た目も離れないしぽやんとして、しっかりしてないし、家事もできないし、あの人のことだから胃袋でも掴めばそのままなし崩しに、結婚までいってしまいそう。 「阻止してやりたい」 「止めとけ止めとけ。お前みたいなホモになるのは、お坊ちゃんも損しかねえだろ」 「人を好きになるのに、損得考えるような人じゃねえだろ。現に俺を気持ち悪がったり差別するような発言をしてない」  怖がっているけど。やば。自分で言ってて落ち込みそう。 「そこまで深く考えてねえだけじゃねえか」  買かぶりすぎだと笑われるが、そんな飾らないところも氷雨さんの良いところだ。 「だから、深く考えてない氷雨さんが好きだから、守ってるんだ」 「不毛な戦いで泣けてくるねえ」  爆笑しながら言ってて説得力もねえ。そうこう離しているうちに、無線で連絡がやっと来た。  逮捕状が取れたらしい。 「じゃ、特攻してきますんで」 「ああ、じゃあ俺もぼっちゃんの周囲を注意してやらあ」 Side:桜雨 氷雨 「はああ……」 「せんせい、あのさ、ため息って幸せがにげるんだぜ」 「遅いです。逃げてます」 「せんせー、こっち向いて」 「せんせ、視線、こちらで」 「七五三みたいで可愛いわよ、先生」  書道の稽古の後に、お見合いだと子どもたちから聞いた保護者の方々がお見えになった。  それは百歩下がってもよしとしよう。  が、着付けの先生や美容師、ウエディング会場のメイクさんなどなど。  何故かベテランの方々に髪や服装をいじられおまけに眉毛を整えられた。 「先生がお見合いに失敗した話を子どもに聞いた時から、絶対に次のお見合いは成功させようって思ったんですよ」 「お、お気持ちだけで結構です」 「ほら、先生。いいですか?若い女の子なんだから笑顔で、書道経験なんて聞いちゃ駄目ですよ」 「え。聞いたらダメなことってなんですか。県習字と日本習字はどちら派とか?」 「そんなマニアックな質問はご法度です」 「粒あん派か漉し餡派か、は?」 「私は白あんですねえ」 「ほら、橋本さんみたいな一筋縄ではいかないかもしれないわよ」 「えーーっと」  テレビも普段ほぼ付けないし、着物しか着ないからファッションもよくわからないし、若い子と会話って想像できない。 「容姿とか、お着物とか褒めたり」 「なるほど」 「あとは着物で来られるなら、躓きそうな場所をエスコートしたり」 「捻挫中なのでそれは橋本さんにお願いします」 「なんか先生心配だわ」 「うん。やる気も感じられないし」  いっそのこと、中止にでもなってくれたらいいとさえ思っている。  気を使わないといけない会話や行動に、今からげんなりだ。 「氷雨さんは、意外と冷めた人ですからね」  保護者が帰ってから、橋本さんはポツリと言う。 「俺が?」 「きっかけがあってから子ども達の名前を覚え出しましたが、貴方は他人に関心がない、冷たい人なんですよ」 「俺が、冷たい人……」 「だから喜一君は可哀相に、毎日花冷えの中、雨に打たれても貴方に恋い焦がれている」  大げさな表現に面食らう。恋焦がれる人が、押し倒したり触れてきたり脅したりするものなのか。 「あ、あの人はそんな感傷的な人じゃありませんよ」  何度も無理やり、快楽を植え付けるようなことをしてきたし。 「お見合いをするとなれば、喜一君が少しでも傷つくとは思いませんでしたよね?」 「……だって彼には関係がないですし」 「貴方を好きなのだから関係がないわけじゃない。現に気が気じゃないみたいでしたよ」  どんよりした空を見上げて、橋本さんは意地悪だった。  肝心な言葉をくれないくせに、何も気づいていない俺にそんな言葉を投げつける。  彼が傷つくからお見合いを断るなんてありえないし。 「冷めた人、かあ」  だから他人と関わるのが億劫なのか。彼が俺に何も話さないのも、俺がそこまで彼に興味を持てないからか。

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