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七、甘雨(かんう) 四
そんなぐるぐるしてしまうようなことを言われてしまうと、華樹院さんが連れてこられた女性を見ても、どう反応していいのか分からなくなってしまう。
「ごめん下さいませ」
華樹院さんの余所行きの声が聞こえ、橋本さんが玄関を開ける。
お茶会帰りの華樹院さんと、頬を真っ赤に染めた若い女性が凛とした姿で立っている。
「いらっしゃいませ。古い家にわざわざ来てもらって恐縮です」
笑顔でそう言うと、若い女性は耳まで真っ赤にした。
「氷雨さんは足を怪我されてますので、私が案内いたしますね」
(褒めるところ……純粋で素直そうなところ?)
(高そうな着物ですね……って話を振っても、それから着物の話題になったら応えられないし)
(今日は雨が降りそうで降らない中途半端な天気……も話題にならない?)
(お茶会の内容は作法が良く分からない俺じゃ会話は難しいし)
(容姿? 容姿を褒める?)
(というか、容姿を褒めてお見合いが成功しても困るのは俺だよね?)
「ぼーっとされてますが、体調でも悪いのですか?」
きょとんと首を傾げる女の子。会話をリードざれてしまった。
「え、あ、いえ、その」
「あまりにお若くて可愛らしいので、ぼーっと見惚れていたみたいですね」
「えっ」
頬を染める若い女性。橋本さん、ナイスフォロー。
「こちら、白華女学院短期大学部家政課を卒業したばかりのの、華樹院 雛菊です」
「華樹院……」
「うちの弟の二女ですの」
華樹院さんの姪……。
そんな話寝耳に水というか、やられたというか。
華樹院さんの派閥に入れられてしまうパターンだ。橋本さんに助けを求めて視線を向けても、笑顔のままで反応が分からない。
「初めまして。桜雨 氷雨です」
引きつらないように笑顔で会釈すると、何故か雛菊さんは頬を染めた。
「噂に違わない美形さんですね。しかも……桜雨って名字素敵です。桜雨雛菊!きゃあ」
何がきゃあなのだろう。
ソレに対して俺はどうリアクションをとるべきか?
「小じんまりした素敵な家ですね」
「……そうですか?」
お世辞にも庭も縁側も改装中で褒める要素はないのに。
「お庭を二人でお散歩したいです」
「は、あ……」
庭と言えるほど広くもない上に、足が悪いと伝えていたのだけど。
松葉つえを付いて歩いていると、まだ何も咲いていない花壇を見ながら、雑談を交わした。
「……氷雨さんが慎ましく此処で生活してるってお聞きしたけど、やはり夫婦になるならば収入や財産はしっかり共有するべきだと、言われたの」
誰に?
そう尋ねる前に間髪置かずに彼女は俺を見た。
「お兄様が亡くなり、お父様も亡くなって……保険金で生活されてるんですよね?どれぐらい入ってらっしゃるの?」
「え、ちょっと待って下さい。貴方は誰にそんな嘘を教えられたのですか?」
「隠さないで下さい。週に何回か子どもに書道教えたり、通信講座でお手本を書いたりするだけでこの家を保つなんて、そんな」
……どうなってるんだ?
お見合いの前に相手に自分の情報が行くのは分かるけれど、どうしてそんな事ばかり。
「……やっぱり君みたいに若くて綺麗な方は、そんな不安が無い人と恋愛するべきだよ」
お見合いが必要ないほど綺麗な子だしなあ。
「私は、愛さえあれば花壇から採れる野菜だけでもいいんです」
「この花壇は向日葵とか桔梗とか朝顔です。あ、裏には野菜を植えたいですけど」
「そうですか。向日葵も好きですけど……」
煮え切らない態度で、彼女は花壇を見つめている。
収入の管理は、彼女より橋本さんがずっと管理してくれていた方がいいな、と思う。
目の前の彼女が綺麗で、純粋そうだと思っていても。
俺にはやはり、会話の糸口を見つけるのは苦痛でしかなかった。
「お前、此処で何してんだよ」
けれど、俺が迷うよりも早く現れたのは彼だ。
二週間ぶりだろうか。
仕事が忙しいといっていたが、ちょっとだけ無精ひげが生えている。
「喜一くん」
その瞬間、雛菊さんからピンク色の花びらが舞うような気がした。
「お前が氷雨さんのお見合い相手なのかよ」
「んまあ! 裏口から入ってきたあの人は誰ですの!?」
雲行きが怪しい中、雛菊さんが小さな声で言う。
「喜一君は、私の元カレです」
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