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八、天気雨 七
「えっと……俺が教えてほしいぐらいです」
いきなり俺の目の前に現れて、一方的に気持ちをぶつけてきて掻きまわして……俺の方がわからない。
「あら。あの子、貴方の生徒だって聞いたわよ」
「そうなんですが、俺、彼にもあまり記憶がないというか」
橋本さんが俺を冷たい人だと言っていたのが頷ける。
俺は自分を守るためにどれだけの人へ無関心にだったんだろう。
途方に暮れていた俺を嘲笑うかのようなタイミングで、部屋をノックされた。
「失礼します。理事長、あの、お客様が……」
「アポ無しなら暫く待って頂いてちょうだい」
「それが……桐生と名乗る刑事でして」
困惑した事務の人に、華樹院さんも眉を顰めた。
「華樹院さん。刑事って彼の事だと思います」
一瞬躊躇したけれど意を決して立ち上がる。
「今日は突然来てしまい申し訳ありません。俺が帰れば彼も此処に用が無いはずですので失礼します」
「あらぁ、いいのよー。彼が雛菊さんと恋仲になるのかが気になっただけだし。逆にもっとお話ししてみたかったの」
「じゃ、じゃあ、お邪魔なので俺は失礼します」
どちらにせよ、どんな顔をしていいのか俺にはまだ分からない。
だた、また彼を傷つけてしまうぐらいならば顔を見せない方が良いんじゃないかなって思う。
だから、逃げるのだと自分に言いわけして立ち上がる。
「あら、氷雨さん」
「すいません。失礼致します」
バンッと礼儀作法無視の乱暴な開け方で扉を開けて、玄関まで走った。松葉杖なんて引きずるように。
足の痛みを感じないぐらい急いでいたし焦っている。
すると彼は、庭の大きな木の下で、木を見上げて佇んでいた。
(……わ、やばい)
大きな音を立てて開けたせいで、彼がこっちを見る。
俺はどんな顔をしていいのか分からず、視線を泳がせた。
「橋本さんに貴方が此処に居るって聞いたので、待ってました」
つかつかと革靴の音を立てながら近づいてくる。
何故かそれが、怖いとさえ思った。
「……ごめん、近づかないでください」
心の準備云々よりも、彼を傷つけるのが怖かった。
「それはできません」
「……俺ね、君は思うよりも結構冷たい人なんだ。だから、きっと、関わってもキミが傷つくだけなんですよ」
視線を横にずらし、じりじりと後退する俺の腕を、彼は乱暴に捕まえた。
「知ってます」
「……そうだよね。うん。いっぱい傷つけてるもんね」
そう思うと、なんだか一粒涙が零れた。
「――自分だけ色々忘れて、好き放題生きてて、なんだか自分が恥ずかしいし情けないし。人と関わるのが、……もう怖いんです」
知らなかった。自分はこんなに弱いということを。どれぐらいの現実から逃げてきたのか、自分では分からない。
余り関わって来なかった兄、という設定も、きっと自分が傷つかないように入れたフェイクなのかもしれない。
「雛菊さんは、君と同じぐらい良家の子だし。その、こ、恋人の行為もしてるみたいだしお似合いだよ」
「俺は、あんたのそんな繊細なところも堪らなく好きだって自覚しちまった」
彼は大袈裟に溜息を吐く。
「俺なら幾らでも傷つけていいから、そばにいさせろ」
頭を掻きながら照れ臭そうに言うが、信じられなくてぼーっとしてしまう。
「えっと……」
「傷ついても離れたくないっこと」
「ま、マゾ?」
「愛だよ、愛。馬鹿みたいだろーけど、壊れそうなあんたかやっぱ愛しい」
開き直った彼は、先日壊れたように何度も何度も冷たいキスをしてきた彼とは別人のように、朗らかな顔をしている。
「……雛菊さんとの関係はどうするんですか?」
「あんたは気にしないでいい」
あんな刺激的なシーンを見せつけておいて。
「俺は氷雨さんの気持ちが知りたい」
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