54 / 71
九、曇天雷雨 一
side:桐生 喜一
車の中ならば安全だろう。一応見えないように屈んで隠れるようには指示したけど。玄関付近がキラキラと太陽に輝いているのに気づき、車を死角に止めた。近づいて見て、やはりそれが玄関の擦りガラスが割れて散らばったものだと分かった。
応援を呼ぼうとしたが、もし騒ぎになれば子どもの書道教室をしている場所だ。運営できなくなってしまうかもしれない。
俺だけで始末できれば、氷雨さんには何もバレないまま。
だったらその方がいい。
だが、擦りガラスが割れた玄関に犯人らしき男が一人倒れていた。マスクにサングラスと顔を隠した男が伸びている。
「ああ、帰ってきましたか。大変ですよー。5人で侵入されました」
「橋本さん」
そう言いつつ両肩には倒したらしい犯人二人。床に放り投げると、合計3人が気絶したまま動かない。
「吉保か?」
「はい。しかもナイフを所持してました。警察沙汰にしたら、此処で書道教室も難しくなるので穏便に済ましたいのですがねぇ」
「その吉保たちは?」
「二階へ向かいました。で吉保が二階へ上り、見張りはマスクと帽子をかぶってますが私と同じぐらいの年齢ですね。……もしかしたら知り合いかもしれません」
いきなり5人に奇襲されておきながら三人を倒し、なおかつ二人の容姿を冷静に見ている橋本さん。
俺は吉保の馬鹿よりこっちが怖い。そういえば合気道や柔道、空手の段もちだったっけ。
警察学校で柔道の指導をしていた警察官が、橋本さんに柔道で負けたことがあると話していたことがある。
「取りあえず、二階を探してなかったら帰ってくださいって伝えました。帰らない場合は警察へ行くと。私も包丁持った二人の相手は流石に怖いので」
全然怖そうに見えないが、念の為に倒れている三人を靴箱の上にあったロープで縛りあげた。
「このロープはどこから?」
「この下っ端が持ってたので、恐らくは保険金が見つからなかったら氷雨さんを拘束して乱暴に尋問でもするつもりだったのでしょう」
「こんのやろう!」
胸倉を掴んだが、殴るのは止めた。
代わりに上着を脱ぎ、ネクタイを緩めながら居間へと向かう。
「殴り合いなら俺の方が強い」
「無理しない程度に、十分の一殺しぐらいでお願い致しますね」
半殺しじゃなくて十分の一。
一番難しい感じだと思うが、氷雨さんの前に二度と現れないぐらいにはしてやる。
「そんな上にはねえよ」
押し入れの前で待っている見張りがこちらに気づく。
ナイフではなく包丁を持って立っている男に静かに俺は言う。
「動くと刺すぞ」
「……いいぜ。来いよ」
手でクイっクイっと挑発するが、男は距離を保ったままだ。
「警戒してるってことは、俺がここらへんで一回樹雨の名前を使って暴れた時、チンピラが集まってきてさ。返りうちにしたの知ってるよな、お前」
お蕎麦屋帰りの氷雨さんに目撃されて危なかったけど、あの時は敵の主力を探り出したくて、わざとあの人の名前を借りた。案の定、昔釣るんでいた男だちが出てきて、内部の様子は探れた。
「あんたと吉保は、此処に二度と来れないように今此処で俺が潰す」
「私は此処で応援してますねー」
「協力しろよ!」
橋本さんが後ろで手を振っているので、思わずそう叫んだ。
だが、マスクの男は俺が後ろを振り向いた隙を狙って突進してきやがった。
「あー! 面倒くせえ!」
包丁を真っ直ぐに向けてきたそいつに俺は飛びかかった。
最悪少しぐらい刺されても、今此処でこいつを捕まえる方がいいと判断したからだ。
だが、喧嘩の経験や警察学校で訓練していた俺には、おっさんの動きは意外と簡単に目で追えた。
テーブルにあったお盆を掴み、腕を思いっきり叩くと包丁が揺れる。
そのまま脇に回り込み、思い切り背負い投げした。
「げ」
ものすごい音と共に、襖が二枚割れ、男が倒れた。
「襖……」
襖が割れ、縁側の廊下が丸見えになってしまった。
これはしばらく氷雨さんは俺の家で寝るしかない。そんな下心が発生したが、すぐに橋本さんが男の手を踏みつけた。
「ボーっとしない」
「うわ、すまん」
「良い包丁ですね。手入れもされていて」
俺が倒れた男の手を捻り、柱に後ろ手で縛り上げると橋本さんが笑った。
「ああ、蕎麦屋の、店長さんですね」
ともだちにシェアしよう!