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九、曇天雷雨 二

「え、橋本さん、こいつ知ってるの?」  俺もマークはしていたが別件だった。まさか芋づる式で逮捕できるのとは思っていなかった。 「ええ。氷雨さんの行きつけの蕎麦屋です。安月給でたまに外食するとしたらいつもそこでした」 「……そうだったのか」  あの日、たまたまこの親父の蕎麦屋から出たわけではなかったわけか。氷雨さんの囁かな楽しみを奪ってしまう。  この真実を知って氷雨さんが悲しい表情を浮かべるのが嫌なんだ。 「樹雨さんが飲酒運転で他人の車乗ってたよな。その手引きをしたのがこの男だ。――調べはついてる」  俺がそう言うと、柱にくくりつけられた男は大きく舌打ちしやがった。 「あんたがここら辺の不良を下っ端に、ご老人たちに振り込め詐欺してる尻尾は着いてた。あとは樹雨さんの保険金だろ。あれがなきゃ、アンタも吉保も借金が消えないもんな」  刑事としてようやく嗅ぎまわれた。氷雨さんをあの屋敷に閉じ込めた原拠に近づくのに、9年も掛った。  蕎麦屋の爺さんも借金が、吉保も若い時に馬鹿しまくった借金だらけ。  俺が氷雨さんの保険金をちらつかせれば、行動に移すのは分かっていた。  少し手荒だが、こいつらに事件を起こしてもらい逮捕した跡に余罪を追及すればいいと思っていた。 「死なない程度に――生かしておいてやるから覚悟してろよ」  絶対に法の下、こいつらだけは許さない。 「さて、二階に上がった吉保くんは、一人で降りて来れますかね」 押し入れの屋根から二階へ上がるが、人が一人通れるぐらいの狭い部屋。窓はあるが人は通れない。  そんな場所から降りてすぐに俺にナイフを向けれるわけない。降りてこようとしたら、足でも手でも引っ張って引きずり下ろしてやる。降りてきたら、ぶん殴る。  二度とこの家にこんな事をしようと抵抗できないぐらい、ぶん殴って、めちゃくちゃ恐怖を植え付けて――諦めさせてやる。俺は過剰防衛で仕事を辞めう覚悟もある。 「お前の負けだ。さっさと降りてこい」  これでいい。これで氷雨さんは最後まで何も知らないまま、家に強盗が入ったぐらいの感覚で――終わってくれる。 あの人が恐怖することがないように。 「これで終いだ」 押し入れの上から、長年の因縁を引きずり下ろす。それのためだけに今まで氷雨さんを傷つけても傍にいたんだから。 Side:桜雨 氷雨  車の中で丸くなって隠れてから……どれぐらい経っただろうか。  体が痛くなったが、動くのも怖くて手足の感覚がわからなくなってきた。  なぜ喜一くんが行ったのか。追わなければ、――俺は彼がこの家に俺を閉じ込めたかった理由を知らないまま隠されそうだ。  けれど、……俺が出ていって足手まといになる、とかだったら嫌だ。 もしかして家に吉保って人が居るのかもしれない。  それだったら俺が出ていかず、橋本さんが相手をした方がいい。  俺が出て行ってしまうと、理由を知れると同時に足手まといになるような、そんな予感がした。 カサッ  不意に彼の鞄に手を当たってしまい、ひらりと紙が落ちてきた。  その音は間違いない。  墨が渇いた後の、美しい紙の音。三つ折りに畳んだだけだったその半紙は、鞄から落ちたと同時に開かれてしまった。彼の字ならば少しだけ興味があった。そんな好奇心の中、その半紙を見る。  中央にただ一文だけ書いてある。 『貴方を見ると、月が綺麗で堪らない』

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