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十、小糠雨(こぬかあめ) 二
Side:桐生 喜一
結局、畳の底には、紙袋に入った現金が隠されていた。
新聞紙に包まり、湿気から守られ。
いや、守るにしては簡素すぎる。急いで下ろしたお金をそのまま隠しただけのように見える。
庵の名残があり、そこに隠していた。
あっけなく、俺が探していた真実がそこにあった。
その金額は、俺が縁側や屋根、花壇を作った額よりもはるかに高く、確かに使いようではこの家を新築に出来るのではないだろうか。
「……」
現金の管理は、その場で呆然としていた氷雨さんを橋本さんに託しつつお願いした。
明らかに氷雨さんの様子がおかしかったけれど、俺は俺で秘密裏に処理しないといけないことが山積みだった。
「俺の車のブレーキに少しずつ細工してくれてたわけだからな」
しかも樹雨さんの事故と全く同じ事が起こることになっていた。仮にそれで俺が死なないにしろ事故っていれば、さらに氷雨さんを傷つけてしまっていたんだろう。
「蕎麦屋は別件で逮捕するにしても、氷雨さんには何も知らずに閉店ってことにしたいし。吉保もそのまま実刑で堀の向こうに行けば有耶無耶に――」
独断で勝手にしたことや権限を使ったことの始末書を書きながら、喋っていないと不安になった。
氷雨さんはどこまで受け止めたら壊れないのだろう。仕事を終えると、橋本さんが駅で俺を待っていた。
「どうしたんすか?」
「事件はどうなったのかと思って」
「氷雨さんは?」
「岸辺たちと宴会中です」
「……」
仕方なく、橋本さんを自宅に入れた。
「今回は、他人の家に侵入しようとした犯人を署に連れて行ったら、たまたま余罪がボロボロ出てきただけ。侵入されたと被害届を氷雨さんが出すならば話は変わってくるけど、あの人は誰かが侵入したのを直接見ていない」
「つまり、彼には何も関係ないと、そう言いたいんですね」
「氷雨さんには関係ない。関係ないうちに終わった。それでいい。息子の余罪について弁護士用意した老舗和菓子店の馬鹿親父も出てきてるし、面倒だ。関わるだけ無駄」
「そうですか……そう」
橋本さんは静かに微笑んではいるが、言葉をかみしめるようにつぶやく。
「樹雨さんは何かを脅されて、自分の保険金を解約したんだと思う。その保険金をやつらに渡すと自分はもう利用価値もないし。色々あの人も考えていた」
ただ、何を脅されてたんだろうか。樹雨さんの大事なものって、なんなんだろう。
「最近、氷雨さんが夜空を眺めてはぼーっとしている事が多いんですよね」
「そうか。やっぱり全部聞かせたら駄目だね」
「いえ。多分、色々と逃げていた記憶が溢れ出てるんだと思いますよ」
「えっ」
「逃げて檻の中に閉じこもっていたのは、氷雨さん自身じゃないですかね」
それほど心が弱い人ならば、逃げてもいいと俺は思っている。
だが、力になれないのなら、それは悲しい。
「私、しばらく沖縄の別荘にお世話になることになりました。甥っ子の夏休みのお守を頼まれまして。もう、氷雨さんの保険金はお借りしていた金額の返済も済ませて、残りを彼のカードに手続きして入れましたし。誰も手が出せないでしょう」
早速、橋本さんは発つのだろう。ボストンバックを肩にかけた。
「因みに、隣で岸辺が来ていると言うのは、嘘です。今夜はあの人、一人ですよ」
やっぱりこの人は食えないな。苦笑しながら、彼が居る檻の中へと向かった。
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