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十、小糠雨(こぬかあめ) 四

「――っ」  ぎゅっと目を閉じて、顔を背けた。  前回や前々回は、ほぼ無理やりだった。(俺がノーパンだったり怒らせたりとか、不意打ちに刺激した部分はあるけれど)  だから、自分から挑発するのは、この歳のくせに初めてで……。  下着に手を伸ばした喜一くんだったけれど、その手は止まった。 「そんな泣きそうになるほど恥ずかしそうなくせに、なんで嫌がらないんだよ」 「え、いや、その別に嫌って言うか」  ただの羞恥心だけなんだとは言えず、目を閉じて感触を待つしかない。  俎板の鯉みたいな心境かもしれない。 「俺はやる! やるぞ! チャンスを無駄にしねえぞ! 童貞じゃあるまいし! このまま抱く!」  自分に言い聞かせるように喜一君が叫びながら、下着をずらした。  俺も覚悟を決めなきゃ。  そう思ったのに、喜一くんは小さく舌打ちしてから、唇にキスを落とすと俺の身体の上から退いた。  シーザー柄の下着だったから?  それとも、やはり同性に最後までできない?  着物を着直す余裕もないまま、俺も上半身を起こした。 「弱ってるアンタを抱いても、違うんだよ! くっそ」 「……喜一くん」  俺も弱っていたから彼の気持ちを利用しようとしていたのか。心に開いた穴を彼で埋めようと……。  それでも、受け入れることに抵抗がなくなっているのは本当だった。 「俺はもう、君の字は忘れないと思うよ。雨の様にさらさらとまっすぐに落ちる、綺麗で迷いのない字。昔の君の字は忘れちゃったけど、――あの日もらった手紙の字は、もう忘れないよ」 「氷雨さん……」  少し震えながら伸ばされた手は、俺の頬に触れた。  そして重なる唇。  彼の唇が震えているのに気付き、俺の心は暖かくなった。  ……喜一君が愛おしい。  名前も知らない小さな花が芽生えた。 「……喜一くん」  俺も弱っていたから彼の気持ちを利用しようとしていたのか。  心に開いた穴を彼で埋めようと……。  それでも、受け入れることに抵抗がなくなっているのは本当だった。 「俺はもう、君の字は忘れないと思うよ。雨の様にさらさらとまっすぐに落ちる、綺麗で迷いのない字。昔の君の字は忘れちゃったけど、――あの日もらった手紙の字は、もう忘れないよ」 「氷雨さん……」 「んんっ」  入ってきた舌に、どう対応していいのか分からず、自分の舌も同じように動かしてみた。  一瞬苦い気がしたのは、もしかして彼は煙草を吸っている?  一度だけ見た煙草を吸っている姿を思い出し、その苦みを忘れないように舌先で擦りあげた。 「キス、嫌じゃない?」 「……はい。でも少し苦いですね」  上手く息が吸えなかったので、息が上がってなんだか年上なのに恥ずかしかった。 「その……舌が艶めかしくて……すいません」  恥ずかしくて両手で顔を覆いながら、足をもじもじとさせた。 「下半身が熱くなってしまったみたいです」 下着を押し上げて主張し始めた自分自身に、消えてしまいたいほど恥ずかしくなる。 「……氷雨さんって自分で触ったりするの?」 「せ、セクハラです! するわけないです」  朝起きて、濡れていた事は多々ある。多々ありすぎるけれども。 「写経でもしたら落ちつくので、ちょっと離れてください」 「嫌だ」  再び喜一くんがキスしてきて、舌に翻弄されていくうちにパンパンになっていく。 「んぅっ」  喉をどちらかと分からない唾液が流れてきて、喉を小さく鳴らしてしった。 「ふぁっ」  糸を引いて離れた唇が、快感で震えていた。 「自分で触る? 俺が触る? キスだけでイく?」 「ひっ 選択技が全部未知数」  そのどれも選択したくなくて、いやいやと首を振ると、再びキスをされた。  喜一君が快楽で俺の思考を奪おうとしているのが理解できたのは、――その選択のどれかを受け入れなきゃいけない時だった。

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