61 / 71
十、小糠雨(こぬかあめ) 四
「――っ」
ぎゅっと目を閉じて、顔を背けた。
前回や前々回は、ほぼ無理やりだった。(俺がノーパンだったり怒らせたりとか、不意打ちに刺激した部分はあるけれど)
だから、自分から挑発するのは、この歳のくせに初めてで……。
下着に手を伸ばした喜一くんだったけれど、その手は止まった。
「そんな泣きそうになるほど恥ずかしそうなくせに、なんで嫌がらないんだよ」
「え、いや、その別に嫌って言うか」
ただの羞恥心だけなんだとは言えず、目を閉じて感触を待つしかない。
俎板の鯉みたいな心境かもしれない。
「俺はやる! やるぞ! チャンスを無駄にしねえぞ! 童貞じゃあるまいし! このまま抱く!」
自分に言い聞かせるように喜一君が叫びながら、下着をずらした。
俺も覚悟を決めなきゃ。
そう思ったのに、喜一くんは小さく舌打ちしてから、唇にキスを落とすと俺の身体の上から退いた。
シーザー柄の下着だったから?
それとも、やはり同性に最後までできない?
着物を着直す余裕もないまま、俺も上半身を起こした。
「弱ってるアンタを抱いても、違うんだよ! くっそ」
「……喜一くん」
俺も弱っていたから彼の気持ちを利用しようとしていたのか。心に開いた穴を彼で埋めようと……。
それでも、受け入れることに抵抗がなくなっているのは本当だった。
「俺はもう、君の字は忘れないと思うよ。雨の様にさらさらとまっすぐに落ちる、綺麗で迷いのない字。昔の君の字は忘れちゃったけど、――あの日もらった手紙の字は、もう忘れないよ」
「氷雨さん……」
少し震えながら伸ばされた手は、俺の頬に触れた。
そして重なる唇。
彼の唇が震えているのに気付き、俺の心は暖かくなった。
……喜一君が愛おしい。
名前も知らない小さな花が芽生えた。
「……喜一くん」
俺も弱っていたから彼の気持ちを利用しようとしていたのか。
心に開いた穴を彼で埋めようと……。
それでも、受け入れることに抵抗がなくなっているのは本当だった。
「俺はもう、君の字は忘れないと思うよ。雨の様にさらさらとまっすぐに落ちる、綺麗で迷いのない字。昔の君の字は忘れちゃったけど、――あの日もらった手紙の字は、もう忘れないよ」
「氷雨さん……」
「んんっ」
入ってきた舌に、どう対応していいのか分からず、自分の舌も同じように動かしてみた。
一瞬苦い気がしたのは、もしかして彼は煙草を吸っている?
一度だけ見た煙草を吸っている姿を思い出し、その苦みを忘れないように舌先で擦りあげた。
「キス、嫌じゃない?」
「……はい。でも少し苦いですね」
上手く息が吸えなかったので、息が上がってなんだか年上なのに恥ずかしかった。
「その……舌が艶めかしくて……すいません」
恥ずかしくて両手で顔を覆いながら、足をもじもじとさせた。
「下半身が熱くなってしまったみたいです」
下着を押し上げて主張し始めた自分自身に、消えてしまいたいほど恥ずかしくなる。
「……氷雨さんって自分で触ったりするの?」
「せ、セクハラです! するわけないです」
朝起きて、濡れていた事は多々ある。多々ありすぎるけれども。
「写経でもしたら落ちつくので、ちょっと離れてください」
「嫌だ」
再び喜一くんがキスしてきて、舌に翻弄されていくうちにパンパンになっていく。
「んぅっ」
喉をどちらかと分からない唾液が流れてきて、喉を小さく鳴らしてしった。
「ふぁっ」
糸を引いて離れた唇が、快感で震えていた。
「自分で触る? 俺が触る? キスだけでイく?」
「ひっ 選択技が全部未知数」
そのどれも選択したくなくて、いやいやと首を振ると、再びキスをされた。
喜一君が快楽で俺の思考を奪おうとしているのが理解できたのは、――その選択のどれかを受け入れなきゃいけない時だった。
ともだちにシェアしよう!