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第6話

「あ!赤坂さん、お疲れ様です〜」 「お疲れ様です〜」 「お疲れ様です」 「店長は店長室っすよ」 「赤坂くんお休みなのにごめんね〜」 「あ、いえいえ…」 僕は仕事が入ってるわけでもないのに店へきていた。突然店長から呼び出されたのだ。 金曜はシフトが休みだったのだが、急用だったらしく、僕は出勤することになった。理由は聞かされておらず、半ば命令のような形で家を出させられた。 そのせいか、慌てて家を出てきてしまったから、玄関近くに山積みにしたダンボール箱に足をぶつけて、総崩しにしてしまった。僕はそれで少し気が立っていた。 レジにいたのはパートのおばちゃんの木村さんとバイトでここの近くの専門学校に通う19歳の宮前くんだ。柔和な雰囲気の木村さんとブリーチをかけまくった銀髪に右の耳にめちゃくちゃピアスのあいた宮前くんの温度差がすごい。 これはレジに並ぶ時めちゃくちゃドキドキするな。 しかし宮前くんは見た目が怖いが結構人懐っこい性格で、木村さんとは親子みたいに、仲良く仕事している。案外相性がいいみたいだ。今も木村さん宅で飼っている小鳥の話で大盛り上がりだ。 宮前くんはちゃんと年上だとわかって彼なりの敬語を使ってくれるし、木村さんは物腰が柔らかくて話しやすい。穏やかな雰囲気の2人を見て、僕もこの2人と仕事がしたかったなとため息をこぼしながら、店長室へ向かった。 「失礼します」 「あ、赤坂くん!待ってたよ。用件はこれね」 僕がきたことに気づいた店長は慌てた様子でファイルを僕に押し付けた。 なんの説明もなくて僕は少し苦い顔をした。店長はこういうところがあって苦手だ。理由や訳も話さず、脈絡ない状態で話しかけてきて、物事を渡してきて会話を一方的に終了させる。 今も、じゃあよろしくね!と僕にろくに説明をしないで仕事へ戻ろうとしたので、待って待ってと引き止めて、どういうことか説明をするよう仰いだ。 「あ、言ってなかったっけ?高嶺岸くんが高熱出しちゃってお休みしちゃったんだよ〜!かわりのバイトの子はもう捕まえてあるんだけど、この資料明後日までなんだよね!届けて提出お願いしてくれないかな?」 曇らせた眼鏡をかけ直しながら店長はそう言う。多分、店長のおっちょこちょいでなにかの提出資料を渡し忘れたんだろう。しかも期限が明後日って急すぎるだろう。 「僕そもそも高嶺岸さんの家知りませんし、明後日までに高嶺岸さん提出間に合うんですか?体調悪いんですよね」 「家は僕が教えるよ〜。資料はサインとハンコだけだから、明後日無理そうであれば赤坂くんが持ってきてくれよ〜」 つまり僕をパシリたいということか。僕がいつものように「うん」とすぐ言わないから、店長は不安がって「今度僕の好きなロールケーキ買ってくるから、お願いできる?ね?」なんてお伺いを立ててくる。店長はコンビニの弁当しか食べてるイメージがないから、コンビニスイーツのこと言っているんだろう。 給料も発生しないし完全にオフの日に呼び出されて僕は相当イライラしていたが、みんな忙しいようだし、結局わかりましたと承諾した。店長は汗を拭きながらありがとう!と声を上げて、パソコンを操作してから印刷した高嶺岸の家の地図を渡してきた。 思いっきりプライバシー侵害してるけど……。 でも、これは仕方ないと高嶺岸に心で謝り、書類と本人から希望された彼のロッカーにある荷物を持っていくよう承った。 僕は紙袋に書類などを入れようと休憩室のBOX入れに近づいた。余っていた知らないどこかのお店の紙袋を手に取り、ファイルを入れると、高嶺岸のロッカーに近づいた。高嶺岸はロッカー鍵をいつも家に持ち帰ってるようで、店長からもらった予備の鍵で錠を開ける。 ガチャリと音がして、ロッカーの戸を開けた。高嶺岸のプライベートをこんなところで覗くような気がして僕は自然と心臓がドキドキした。 ロッカーには特にモノが入っておらず、目立つのはバイト用のコンビニ制服と奥の方に置かれた何かの塊だった。 あんなに毎日仕事しにきているから、てっきりめちゃくちゃ私物がロッカーに突っ込まれているイメージがあった。本人がロッカーの荷物を持ってくるよう要望したとも言っていたら何か大切なものでも置き忘れたのだろうと思っていたのだが、結構あっけらかんとしていた。 バイトの制服はきっといらないだろう。服がかけられたハンガーを動かし中を覗き直したが、中にはやはりその袋包みしかなかった。 「じゃあこれが必要なのかな?」 僕は奥隅に置かれた袋の方に手を伸ばして掴み取った。思ったより柔らかいがなんかぼこぼこしている。物がいくつか入ってそうだ。 中身がなんだろうと思って、僕は掴み取ったものを見て驚いた。 半透明の袋に透けていたのは僕のお気に入りだったブラウンの帽子だった。 いや、それだけじゃない。僕がバイト先で何回か使ったボールペンや僕が使っている機種の充電ケーブル、僕が使っている薄紫色のネックウォーマーも入っていた。 …いや、でも、僕は無くした全てのものを高嶺岸さんに見つけてもらった。全て家にあるし、ボールペンだってロッカーに入っている。 ボールペンだって……。 僕は思わず、自分のロッカーへと走った。僕のロッカーは休憩室の出入り口付近で、高嶺岸のロッカーと対角線上の方へ位置している。 左開きにロッカーを開けると、扉の立てかけにボールペンが立っていた。そうだ、僕がいつも使っているボールペンだ。なぜか僕の呼吸は乱れていた。 そう、僕が今まで使ってたボールペン、だよね? ふと、手に持ったままだった袋を見つめる。袋の中には僕が高嶺岸と会話できない時期、バイト中暇すぎてガリガリと爪でボールペンの側面シールを剥いだ跡が見えた。 ロッカーのボールペンにはそのような跡がない。まるで新品だ。 そう同じ商品の新品だ。 僕は「へっ?」と上擦った声を、自分でおかしいものでもあるように聞いた。

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