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第445話 a pair of earrings (12)

 無言の2人に、宏樹は続けた。「正直な気持ちを言っていいか?」 「え?」和樹が顔を上げた。 「今朝の。……おまえらは思い出したくないだろうが、俺だってそうだ。けど、そこから始めさせてくれ。今朝のな、俺が間違えて、この部屋開けちゃった時。」和樹は思わず宏樹から目を逸らすが、宏樹はそれでも言った。「ギョッとした。」  目を逸らしたばかりの和樹がまたすぐ宏樹を見た。「兄貴、なんで今、そんな話。」 「ちょっと聞いてくれよ。今のことと関係ある話だ。……ギョッとしたよ、そりゃな。弟が男とひとつ布団で抱き合ってて。」 「だっ。」涼矢が瞬時にして赤くなった。そんな状態だったとは思っていなかった。一緒の布団に寝てたところを見られた、としか聞いていなかった。  それをフォローするように和樹が早口で言う。「抱き合っちゃいねえだろ。」 「そう見えた。そんなによく見たわけじゃない。つか、見ていられなかったんだ。」 「悪かったな。」逆切れの口調だ。 「茶々を入れるなよ。とにかく、ギョッとして……それでその後、俺も自分なりに考えたんだ。つまり、それが女の子でも同じように思っただろうかということをだな。」宏樹は全然関係のない、壁の時計をぼんやりと見上げた。「結論は、女の子だったらそうは思わなかった、だった。」  和樹と涼矢は宏樹を見つめた。まだ話し続ける気配の宏樹を、固唾を飲んで見ている、といったところだ。 「女の子と抱き合ってたって、そりゃびっくりしただろうよ。でも、びっくりの次に来る感情はきっと、和樹もなかなかやるな、とか、つきあうのは構わないけどもう少し節度を保ってほしいとか、家族もいる彼氏の家でそこまで羽目を外す女の子ってのはどうなんだとか、そういうことだったと思う。でも、今朝は違ってた。」宏樹はそこでスゥと大きく息を吸い込んだ。「これを言っちまったら、おまえたちを傷つける。それを分かった上で言うけども。……気持ち悪いな、と思ってしまったんだよ、俺は。相手が女の子だったら、絶対そうは思わなかった。」 「ひで。」和樹のそれは、ごく小さな呟きだった。そして、それに続く言葉もなかった。涼矢も黙っている。青ざめてもいないし、赤くもなっていない。感情の読めない表情は、昔の涼矢に戻ってしまったかのように和樹には見えた。そのことのほうが、宏樹の言葉そのものよりショックだ。 「申し訳ない。その後反省した。後悔もした。俺にはそういう偏見はないと思ってたし、おまえたちのことは受け入れてるつもりだった。けれど、それは全部"つもり"なだけで、本当の理解ではなかったのかと……俺は俺自身が実にくだらない、ハリボテみたいな人間だと悟ったよ。」 「それを俺らに言うのは、なんなの。結局、兄貴は。」 「それじゃいけないって思ったよ。おまえらのためじゃない。俺が、俺って人間のために、そんなんじゃいけないって思ったんだよ。でも、どうしたらいいのかは、正直分からなくてな。」宏樹はそこで涼矢を見た。「さっき涼矢、言ってたな? もし気持ち悪いって思っても、口や態度に出さないでくれればそれでいいって。あれが本当に本心なら、俺は、そこからなら始められると思う。でも、そこで終わりにしない。時間はかかるかもしれんけど、ちゃんと、おまえらの望むような、おまえらや、同じような人たちが求めてるような、そういう理解ができる人間になりたいと思ってる。」 「口ではなんとでも言える。」 「そうだな。だから俺は、口先だけじゃないぞってのを、これから証明していかなきゃならない。」  真剣な眼差しの宏樹。その言葉が嘘だと思えなかった。そして、その眼差しは自分と涼矢も通り抜けた先を見ている気がした。「もしかして、そういう生徒がいんの?」  宏樹はゆっくりと和樹を見て、頷いた。「そうなんじゃないかと思う子がいる。だが、俺には何も言わん。ホームルームの時にスクールカウンセラーをさりげなく紹介してみたが、今のところ相談の形跡はない。」 「え、カウンセラーって相談されたこと、誰にも言わないんじゃないの。」 「担任と連携取ったほうがいい時は連絡が来る。」 「マジかよ。なんか裏切られた気分。」 「何もかも、その子を守るためだ。常に一番いい方法を考えてる。……今もな。おまえらにとって、俺にとって、一番いい方法は何かって考えてるんだ、これでも。」 「いいです、それで。」ふいに涼矢が言う。「気持ち悪いと思う感情はどうにもできません。理解ある振りでもなんでもいいです。こんな言い方よくないけど、要は俺、邪魔されなきゃいい。俺と……和樹のこと。すみません、こんなの、お兄さんに言うべきことじゃないって分かってるんですけど。とにかく俺はそれが大事で、そっから先の理解とかそういうの、それはそっちで勝手に考えてくれって、そんな風にしか思えなくて。」  宏樹は涼矢をじっと見た。「そう思うのはきっと、たくさん傷ついてきたからだよなあ? そうやって身を守ってないと、息もできなかったんだろ?」

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