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第444話 a pair of earrings (11)

「親父が失礼なこと言って、申し訳ない。」やはりこういう時に真っ先に突破口を開いてくれるのは宏樹だった。 「いえ、全然。」  宏樹は自分の頭をくしゃくしゃと掻き乱した。「えっと、だから、ああいう人なんだ。悪気はないのは確かなんだ。でも。」 「はい、分かります。」 「知らないだけなんだよ。さっきのこともそうだし、その、おまえたちみたいなケースのことも。」 「はい。」 「知らないから仕方ないで済ませられるとは思ってない。」和樹が口を挟む。 「カズ。」宏樹は眉を八の字にして困り顔だ。 「でも、俺らのことは、ちゃんとわかってもらうから、いつかは。……いつかって言い方しかできないけど。」和樹は涼矢を見た。それから宏樹に視線を移す。  宏樹は神妙な顔で頷くが、何に対する肯定なのか。宏樹自身もよく分からないまま、とりあえず敵ではないと伝えたくて頷いたのだろう、と和樹は思う。 「……すみません。」涼矢が突然、宏樹に向かって頭を下げた。 「な、何だいきなり。顔、上げてくれよ。」宏樹のほうが焦る。和樹も驚いて涼矢を凝視した。  涼矢は顔を上げるどころか、あぐらをかいていた足を正座に座りなおし、宏樹に向かって、本格的に手をついた。「すみません。和樹を巻き込んだのは、俺です。」 「涼矢、何言ってんだ。やめろよ。」和樹は涼矢の肩を揺さぶったが、涼矢は頭を下げたままだ。 「理解しなくていいです。できなくて当然なんです。でも、許してください。和樹を、好きでいること。」 「そんなの、許すも許さないもないだろ。ほら、いいから、ちゃんと、顔上げてくれ。」宏樹は涼矢の肩を抱き、困惑しつつも優しい顔で言った。涼矢はようやく顔を上げた。きゅっと唇を結んでいる。 「なんなんだよ、急に。」和樹も少しばかり困った顔で涼矢を見た。「親父やおふくろはともかく、兄貴は、なあ?」チラリと宏樹に目をやる。 「お、おう。そうだ。俺はもちろん、り、理解してる。心配するな。」  涼矢は無言でコクンと頷いた。 「不安になったわけ? 親父が変なこと言い出して。」そう言ったのは和樹だ。 「そうじゃないよ。ああいう人はたくさんいる。……あ、俺のほうこそ、失礼な言い方だな。」涼矢はため息をついた。「ただ……。すごく申し訳ないんだ。」 「うちの親に対して?」これは宏樹の言葉だ。 「はい。それに宏樹さんにも。もしかしたら、和樹にも。」涼矢は宏樹と和樹の顔を交互に見た。2人とも涼矢の真意を測りかね、次の言葉を待っている様子だ。「俺、正直言って、理解とか、どうでもいいんです。」 「は?」宏樹は目を丸くした。 「他人を理解するなんて、ゲイじゃなくたって難しいし。だから俺、理解してもらいたいなんて、優先順位としてはそんなに高くない。理解しなくていいから、男2人でデートスポットみたいなところにいたって放っておいてほしくて、男の2人暮らしでも普通にアパート貸してほしくて、仮にそういうの気持ち悪いって思っても、口や態度に出さないでくれればそれでいい。相手の親に好かれたいとか、認められたいとか、なんなら結婚式でもしてたくさんの人に祝福されたいとか、そういうの、ないんです。」 「そんなの。」和樹はムッとした表情を浮かべる。「男と女の組み合わせだったらいいのに、そうじゃないからダメって、そんなの、納得行かない。俺だってさ、何が何でも全員に認められたいとは思わない。赤の他人がどう思おうといいよ。けど、身内とか仲良い友達とか、そういう間柄の人が、そんな偏見持ってるって思いたくない。」 「だから、ごめんて。」涼矢は髪をかきあげた。「和樹がそう思ってるのは分かってる。でも、相手が俺じゃなかったら考えなくて済んだことで。だから巻き込んで悪いって。」 「巻き込むって何だよ!」和樹が声を荒げたので、宏樹が人差し指を口に当てて、声を抑えろというジェスチャーをした。和樹はトーンを落とす。「そういうのさ、そういうことでゴチャゴチャする段階終わったと思ってたんだけど。おまえのせいとか、おまえじゃなかったらとか、そういう言い方されると腹立つ。俺、そんなこと一言も言ってねえし。」  そんな時に、宏樹がふいに質問を投げかけた。「涼矢の親は知ってるんだっけ? 確か、おふくろさんは知ってるんだよな?」 「はい。親父も知ってます。おふくろによると、ですけれど。」 「そうやって、おまえは、お父さんもお母さんも理解してるから。だからどうでもいいなんて言えるんだ。」和樹はうつむいて、涼矢にではなく、独り言のように言った。「最初っから認められてるから、余裕があるんだ。」  涼矢はそんな和樹を見る。「ああ、そうかもしれない。」 「俺が口を挟むと却ってややこしいかもしれないけど。」宏樹は涼矢に向かって言った。「俺としては、やっぱり、和樹の気持ちのほうが理解できる。そんな風に諦めるのは、もっといろいろ試したりもがいたりしてからでいいんじゃないのかな。」  涼矢は無言のままだ。宏樹の言わんとしていることは分かる。自分でもそれが正しいような気がする。けれど、いろいろ試したりもがいたりして、それで失敗した時の和樹を見たくないのだ。それで和樹の足元がグラついて、せっかく手に入れた2人の関係まで揺るがされるようなことにはしたくないのだ。エゴだと分かってる。けれど、今の自分にとって、和樹の親に理解してもらうことの重要性は、それが和樹の望みだから、ということでしかない。といって、和樹にも諦めろとは言えない。家族を捨てさせるようなことはできない。堂々巡りだ。

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