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第443話 a pair of earrings (10)

「ああ、深沢のほうはね。でもスルーしてる。時期ずらして行ったり、墓参りだけして日帰りで帰ってきたり。行かないと文句言われるけど、行ったってどうせ文句言われるんだ。だったらストレスの少ないほうが良い、というのが俺と佐江子さんの意見。」 「なるほど。」 「和樹は?」 「ん? 正月集まるとか? ないない。うち、そういう親戚づきあい、ほとんどなくて。」 「そうなんだ。そういうのも気楽でいいよな。」 「まあね。……じゃあ、明日は、おまえの都合に合わせるよ。親父さん次第なんだろ。決まったら教えて。」 「悪いね。」 「いや、全然。あ、そだ、うちも叔父さんが来るかもしれない。でもその叔父さん、ちょっと変わっててさ、独身で、自由人って感じの人なんだ。来るんだか来ないんだかまだ分かんないんだって。」 「都倉家にもいるんだ、そういう人。」 「にも、って何だよ。田崎家にもいるのかよ。」 「ん。もう死んじゃったけど。ほら、うちで写真見て、おまえが俺に似てるって言ってた人。」 「ああ、あの人。」 「自由人ってうか、芸術家で。外国に長く住んでた。」 「カッコいいな。うちの叔父さんはそんないいもんじゃないよ。フラフラしてるだけ。なんてね、おふくろが言ってるだけで、あんまりよく知らないんだけど。」 ――それを言ったら、俺だって、あの叔父のことはよく知らない。あの叔父は果たして自由人だったのか。本当に、「自由に」生きられたのか。  黙り込む涼矢を、和樹は訝しげに見た。その視線に気づいた涼矢は、慌ててなんでもないと言った。それから、「明日のことはまた連絡する。」とも。「もし何か予定入りそうなら、そっち優先で構わないから。俺もいつ連絡できるか分かんないし。」 「分かった。」  2人は宏樹たちとは時間をずらして朝食を食べた。隆志とはその入れ替わりの時に挨拶程度に言葉を交わした。隆志も宏樹も外出する気配はなく、キッチンに続くリビングでテレビを眺めている。そんな都倉家のゆるい団欒の中で、涼矢のほうが居心地悪くなり、昼前には帰ると言い出した。むろん、その居心地の悪さの中には、宏樹との出来事も含まれている。  恵は昼食も食べてから帰ればいいのではないかと提案したが、涼矢はそれも辞退した。 「父が今日、単身赴任先から戻るので。」  それを耳にした隆志が、どこに赴任しているのかと尋ねてきたので、札幌であることを告げた。 「ほう、札幌かぁ。それは遠いねえ。滅多なことでは帰れないでしょう。」 「そうですね。東京や大阪はたまに仕事で行くのかな。でも、こっちまではなかなか。」 「だとすると、こちらの家は、社宅……官舎か、じゃないの?」 「はい。昔は母も一緒に転々としてたみたいだけど、僕の学校のこととか考えて、こっちを本拠地にして家建てたみたいです。あ、それに、うちの両親、事実婚で籍入れていないから、帯同したくても書類上家族扱いになってないのかも。僕もあまり、そのあたりのことはどう処理してるのか知らないんですけどね。」 「事実婚? 入籍しないで、別姓のままっていう、あれかい。」 「そうです。母のほうの仕事の都合や実家の姓を継ぐかもしれないとか、そんな事情もあって。」 「実は部下の女の子がね、社内結婚したんだけど、それがその事実婚ってのらしくてね。うちの会社では前例がないものだから、住宅手当や家族手当をどうしたらいいかと、総務でだいぶ頭を悩ませたらしい。時代が変わったね、なんて同世代の奴らと話してたんだけども、私たち世代でもいるんだねえ、そういうご夫婦も。時代の最先端だね。」 「そんなことないですよ。」涼矢は軽く笑う。最先端どころか古臭い感覚だ、と心中では思っていた。深沢の名を守るため。土地や墓を守るため。それのどこが最先端だ。 「そうすると、きみは私生児扱いになるのかなあ。立派なご両親揃ってらっしゃるのに。」  一瞬、場が凍った。「お父さん、何言ってるのよ。」恵が咎める口調で言った。 「え? ああ、私生児ってのは、今は言わないんだっけ。」 「非嫡出子とか婚外子とか言うことが多いです。」涼矢は淡々と答えた。 「それぞれご家庭の事情があるんだから、そういう話題をすること自体、失礼よ。」恵はまだ怒っている。 「大丈夫です。……まあ、よく思わない人もいると思いますけど、僕の場合は便宜上そうなってるだけで、そのことで差別されたこともないし。」 「ごめんね。」と恵が涼矢に謝った。 「いやぁ、なんか悪かったね。そういうことには疎くて。会社でも、すぐセクハラだのパワハラだのと、うっかりしたことが言えない世の中になったよねえ。おじさんはついていくのが大変だ。」  隆志は場を和ませるつもりで話しているようだが、逆効果だった。気まずい静寂の中で、テレビの音だけが流れた。そのテレビを見ていた宏樹が立ち上がり、ゲームでもしようと涼矢を部屋に誘った。和樹もそれに続く。  宏樹の部屋で3人車座になって座る。隆志の失言の気まずい雰囲気からは逃れられたが、別の気まずさに取って代わっただけの話だ。3人とも黙ったままだ。

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