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第447話 a pair of earrings (14)

 和樹は返す言葉を失う。 「皮肉や嫌味で言ってるんじゃないよ。単なる事実。周りの人に、もっと俺のこと分かってくれって思ってたこともあるよ。でも。」 「諦めるほうが楽だった?」 「楽ってこともないけどさ。」 「あ、ごめ、そんなはずないよな。……でも、その時は、1人だったんだろ? だから諦めるしかなかったんだろ? でも、今は俺がいるんだから。」  涼矢は困った顔で和樹を見る。口元が何か言いたげに動いては、止まる。結局何も言わないままに、再び歩き出した。 「涼。」和樹は涼矢の肩に手を伸ばすが、涼矢の移動スピードのほうが速くて、その手は宙を掻くだけだった。和樹は小走りして涼矢に並ぶ。「1人で考え込むなよ。一緒に考えようって。」 「うん。」いつもより速いスピードで歩く。「ちょっと今、頭ん中がごちゃっとしてるだけだから。気にしないで。」 「んなこと言ったって、気にするよ。だってうちの親とか兄貴とかのせいで。」  涼矢が急に立ち止まり、和樹は一、二歩進んでしまった分を後戻りした。 「だから、そうじゃないってば。俺さ、嫌なんだよね、そういう、誰のせいでとか、誰が悪いとか。俺が今おまえと話したくないのは、誰かのせいじゃないよ。」 「俺と話したくない?」  涼矢はしまった、という表情を浮かべた。「話したくないって、変な意味じゃないよ。おまえと話す前に、1人で頭冷やして整理したいだけ。」 「だから、なんで1人で。俺じゃ頼りにならない?」 「あのね、和樹。おまえは違うのかもしれないけど、俺はまずは1人で考えたいの。おまえを頼りにしてないとか、信用してないとか、そういうことじゃなくて、俺の性分。話せるようになったら話すから、ちょっと待ってて。」 「……分かったよ。」  唇を尖らせてすねる和樹を見て、涼矢はつい頭でも撫でそうになる。だが、路上だ。もう随分和樹の家から離れてしまった。 「諦めることばかり考えてたけど、今はそうじゃないよ。」 「ん?」 「おまえのことは諦めないことにしたから。誰にどう思われようと。」  和樹はパーカーのポケットに両手を突っ込み、「ああ。」と一言答えた。不満な声ではない。少し照れているようだ。 「だから、それは不安に思わないでくれる?……って、あれ、なんで俺、上から目線なんだろう。」口をついた言葉を自分で不思議がり、涼矢までもが照れる。 「そうだよ、偉そうに。いつから俺がおまえを追いかけてることになって……いや、なってるか。なってるな、うん。」 「なってないよ。」 「追いかけてるだろ、今、ほら、今だよ、まさに。おまえが帰るっつってさ、追いかけてるの、俺だし。」 「ああ、もう。」涼矢は和樹に背を向けて、口を手で覆う。 「何?」和樹はその涼矢の正面に回る。 「こんな地元じゃ、ギュッてすることもできない。」 「ははっ。」和樹は笑って、そして、パーカーのポケットから右手を出した。「んじゃ、握手しよ。」 「握手?」 「今日、おはようのチューもしてないし、ギューもできないし。せめて握手ぐらい。これなら、誰かに見られたってなんとかなるだろ。」 「ああ。」涼矢も右手を差し出して、2人は握手した。「握手なんてしたことあったっけ。」 「ないんじゃない? 手はつないでるけど。」 「だよなあ。」涼矢は和樹の手を握ったまま、じっと見つめる。このまま引っ張って抱き寄せたい衝動と戦う。 「あの、涼矢くん。」 「ん?」 「あんまり長時間だと、いくら握手でも怪しいと思われるよ?」 「あ、ああ。」涼矢は慌てて手を引っ込めた。 「触ったほうが分かる。おまえの言葉聞いてるより。」 「え?」 「おまえの独りよがりの言葉より、今みたいに手を握るほうが分かるよ。おまえの本音。」 「独りよがり。」 「自己完結しすぎ。」 「だからそれは俺の性分なんだから。」 「知ってるよ。それが悪いとも言ってねえだろ。」 「で、俺の本音って?」 「それはこれから自分1人で考えるんだろ? そういう性分だから。」和樹はニヤリとした。 「やな言い方。」 「じゃ、ここで帰るよ。親父さんによろしく。……いや、よろしくしなくていいけど。」 「おい、俺の本音って何だよ。それだけ教えてよ。」  和樹は声を出して笑う。「そんなに聞きたいかよ?」 「言いたがってるだろ。」 「そんなことないさ。大体、言うまでもない。」  ムッとした顔の表情の涼矢に、和樹はニヤニヤしながら言った。「和樹のことが好きだなぁって。だから困るって。俺は和樹さえいりゃいいんだよ、家族だの友達だのめんどくせえなって。どう、違う?」 「……違わない。」 「だろ?」 「でもそれ、別に手を握って分かったんじゃないだろ?」 「あはは、バレたか。お互い、バレバレだな。」 「ん。」涼矢はようやく心からの笑みを浮かべた。「でも、やっぱりもうちょっと、考えさせて。今、和樹が言ったようなこと思ってるのは本当だけど、それでいいとも思ってない。」 「ああ、うん。俺も、考えてみるよ。1人で、ちゃんと。」

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