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第448話 a pair of earrings (15)

「和樹のこと好きだなぁってところは、考え直さないけど。」 「是非そうしてください。」  涼矢は頷いて、「じゃね、また。」と言うと、あっさりと方向転換して、歩きはじめた。  その背に向かって、「おう。またな。」と和樹が言うと、振り向かずに片手をひらひらさせて答える涼矢だった。  和樹が自室に戻ると、そこには宏樹がいた。季節外れの家電とスキー板の間に大きな体で座り込んでいる。和樹はムッとしながらも出ていけとは言わずに、ベッドに腰掛けた。 「ごめんな。」と宏樹が言った。  和樹は返事をしない。目も合わせない。 「あいつは、強いな。」宏樹がそう言うと、ようやく和樹はそちらに目を向けた。「大丈夫だったか?」 「大丈夫だよ。」和樹はぶっきらぼうに言う。「って何が?」 「涼矢とおまえのメンタル。それと、おまえらの仲。」 「別れさせたいの?」 「そんなことないよ。」 「でも、気持ち悪いんだろ?」  宏樹は何か言いかけて、黙る。 「兄貴のせいじゃないって、涼矢は言ってるけど。俺は正直、兄貴の顔も見たくないよ。」 「悪かった。今更だけど、少しだけ訂正させてくれ。」 「……何?」 「その……さっきのその、俺の言葉だけどな。あれはなんというか……男同士だからそう思ったってよりも。まぁ、それがゼロとは言わんけども、つまり、親のベッドシーンを見せられたって言えばいいのかな。」 「何言ってんだよ、そっちこそ気持ち悪いこと言ってんじゃねえよ。」 「と思うだろ? でも親だってそういうことしてんだ。今は知らんけど、少なくとも過去には。だからおまえも俺もここに存在してるんで。だけど、親のそういう行為ってのは、見たくもないし考えたくもない。で、それと同じだったんだと思うんだよ、今朝の、目撃した時の俺の気持ちってのは。だって弟の……そういうのは。」 「相手が女の子だったらそうは思わなかったって言ってただろ。」 「だから、それはろくに知らない女の子だったらってことだよ。そしたらもっと客観的に見られたんだ。涼矢はもう、弟みたいっつったら変だけど、知ってる奴だし、身内みたいに感じてたから。だから余計、ちょっとな。生々しく感じたというのかな。」宏樹は気まずそうに視線を落とし、両手の指先をもじもじと動かした。「父親と母親がそういう仲ってのは当たり前なのに、こどもからすると抵抗を感じるみたいに、おまえとあいつがその、そういう仲なんだなって改めて気づかされたら、複雑な気持ちになったわけだ。それを気持ち悪いって言葉でしか表現できなかったのは、俺のミスだ。それでおまえたちを傷つけた。本当に申し訳なかった。」 「そういうの、なんか言い方あったよな。自分に都合良く言い換える、みたいな。」 「詭弁?」 「それ。それじゃないの? 俺らが怒ったから、慌ててそんなこと。」 「怒ったのはおまえだけだろう。彼は怒ってなかった。」 「怒ってくれたほうがよかった。逆戻りだ。」 「逆戻り?」 「あいつは最初、あんな感じに、すげえ心に壁作ってた。俺が何度も……その、好きって言っても、信用してくれなかった。自分から告ってきたくせにさ。一時の気の迷いだとか、勘違いだとか、物珍しいだけだとか。俺がいつ別れを切り出しても、ほかの女の子に心変わりしてもいいように、俺の気持ちはシャットアウトしてた。……でも、俺だって俺なりに頑張ってさ。そういうのこじ開けて、やっと最近、あいつの中に入り込めた気がしてたのに。あいつが怒らないのは、諦めてるからだ。他人にはどうせ分からない、だから何も期待しないって、そう思ってるからだよ。最初の時みたく。」和樹は宏樹を睨みつける。「あいつにあんな顔させたくなかった。」  宏樹は顔を上げた。目が合うと、和樹の、宏樹を睨みつける視線は弱くなった。――兄貴のせいじゃない、という涼矢の言葉は、半分そんなわけがないと思うし、半分はその通りだと思う。傷ついたのも事実だけれど、兄貴のおかげでここまで来られた面もある。兄貴が俺にも涼矢にも一生懸命寄り添ってくれようとしているのも、本当は分かってる。 「涼矢が最後に言ってたろ。俺の、例の生徒と、同じだと思うなって。ゲイ代表じゃないんだって。あれ、結構効いてな。」 「え?」 「何か問題を起こすような生徒じゃないんだ。真面目だし、成績も悪くない。ただ、自分から手を挙げて何かしようとしないし、部活にも入ってない。孤立もしていないが、特に仲が良い友達はいないようで、少し気になってな。こっそり気にかけて見ていたら、休み時間、賑やかな連中が固まって騒いでると、すーっといなくなることが何度かあった。図書室とかに行ってるらしい。」 「それでなんでゲイ?」 「すーっといなくなるのは、周りの連中が猥談してる時なんだよ。それに、その子がいない時に、彼のことをなよなよしてるとか、女っぽいとか言ってるのも聞いたことがある。俺が見た限りじゃ、大人しいし物腰が柔らかい子だとは思うが、女っぽいとは感じない。だが、生徒だけでいる時だと少し違って見えるのかもしれない。あと体育の見学が多くて。」 「もういいよ。関係ないだろ、兄貴の生徒のことは。」 「ああ。関係ないんだ。」宏樹は顔を洗うように、両手で自分の頬をこすりあげる。「そうなんだよ。でも、俺はその子が何か抱えている気がしてならなくてなあ。かといって、問題も起こしてないし、本人に相談されてるわけでもない。何のとっかかりもない。困り果てて、つい、涼矢に彼を重ねてしまった。何かヒントにならないかと思って、涼矢の話を聞いてた。それを涼矢は、勘づいたんだろうな。たぶん、そうやって誰かとひとくくりにされて、嫌な思いをしたことがあるんだろうな。」

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