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第456話 凍蝶(5)
――お、おう。
「好きだよ。」
――はい?
「今、一番言いたいこと。」
――やっぱ明日は会わないでおこう。少し頭冷やせ。
「頭冷やしたって好きなまんまだよ。」
――もういいって。俺がもたねんだよ、そういうの。恥ずかしくて。
「和樹は、俺のこと。」
――はいはい、好きです。
「気持ちが込められていない……。」
――めちゃくちゃ込めてるよ。
「あのさ。」
――うん?
「あ、やっぱいいや。」
――気になる。きーにーなーるー。
「じゃ明日会って。」
――卑怯なり。
「ちょっとでいい。顔見て話したい。」
――あ、真面目な話?
「深刻な話ではないけど。」
――いいよ。短時間じゃなくても。
「うん。どっちも親いるから、外で会おう。車出すし。」
――分かった。
翌日。各自で昼食も済ませた午後に落ち合うことにした。涼矢が車でマンション前まで行くと、既に和樹は外に出て待っていた。
冷気と共に車に乗り込む和樹に涼矢は言った。
「寒いから中で待ってて良かったのに。」
「だって、電話来て急にあたふた出るほうが目立つし。」
「俺と会うって言ってきたの?」
「いや、図書館行ってくるって。」
「図書館、まだ開いてる? 年末年始の休みじゃない?」
「あ、そっか。バレるかな。ま、なんか言われたら適当に言うし。涼矢は?」
「何も。ちょっと出てくるって言っただけ。」
「ふうん。涼矢んちはいいな。そういうの詮索されなさそう。」
「されるよ、親父には。でも……話したいってのは、そのことなんだけど。」
「お父さんの話?」
「そう。親父とね、話したよ、昨日。前から知ってたって言うけど、おふくろ経由で聞いただけで、直接親父とその話をしたことなかったから。」
「俺たちのこと?」
「うん。と言うか、そもそもの……俺の恋愛対象が男ってことについて、かな。」
「そっか。」和樹は少し淋しそうに言う。理解ある両親。自分とは違う。そんなことを感じているのだろう、と涼矢は思う。
「親父、弟がいてさ。もう死んじゃったけど。」
「ああ、あの写真の人?」
「そう。もう1人その下にもいるけど、それはいいとして。あの叔父さんのお葬式、俺が中学生の時だった。そのお葬式に、知らない外国人が来てて。ずっと忘れてたけど、和樹が東京でお葬式に出たろ? あの時、思い出してさ。あの人は誰だったんだろうって引っかかってた。」
「うん。」
「叔父さんはずっと外国に住んでて、売れてない画家を発掘しては画廊や愛好家に紹介したり、画展を企画したりする、まぁプロデューサー的なことをやってた人なんだけどさ。昨日、親父にそのこと聞いて、その外国人もそうやって叔父さんに売り出してもらった画家の1人だって分かったんだけど。」
「それでお葬式のために日本にまで? よっぽど感謝してたんだね。」
「そう。そうなんだ。俺は気になったのは……気が付いたのは、和樹と葬式の話をしてた時だけど、その人、親族席にいたんだよ。普通はさ、どんなに親しくても、葬式って場で、身内の席には座らせないだろ。それで、もしかしたら、その人、叔父さんの……パートナー的な存在だったのかなって想像した。叔父さんの周りにはゲイのアーティストもたくさんいたみたいだったし。それで、親父が俺と和樹のこと、やけにすんなり受け入れたのって、叔父さんの時にそういうことを経験したせいなのかなって、思ったりした。」
涼矢の車は、ただ2人で話すためだけの空間で、どこに向かうという話はしていなかったが、無意識にかつて自転車で上った山の方面へと向かっていた。
「で、結局その人、そうだったの?」
「違った。」
「あ……。」和樹は明らかにガッカリした声を出した。久家と小嶋に続いて、「自分たちの先輩」がいる期待をしてしまっていたのが、外れたせいだ。「でも、それにしちゃ、わざわざ日本に来るほど。」
「うん。それね。彼、叔父さんが発掘して売れた第一号の画家だったんだって。だから叔父さんはその人のことは特別に思ってはいたみたい。画家の方も、出会った時ホームレス寸前で、だから、叔父さんのことは命の恩人ってぐらいに思ってくれてたらしくて。でも、2人はそういう関係じゃなかった。」
「そっか。」
「けど、画家のほうは好きだったみたい。そういう意味でね。そう伝えても、叔父はそれを断ったらしい。その後も大事にはしてくれたけれど、そういう相手ではなかったって。」
和樹は涼矢の横顔を見つめる。「叔父さんは結局……?」
「分からない。ゲイだけど彼のことは好きじゃなかったのか、そもそもゲイじゃないから断ったのか、そこは聞いてない。画家はその後、同性のパートナーと結婚したっていうからゲイなんだろうけど。……でも、なんか、そういうのどうでもよくなっちゃって。」
「どうでもいいか? だって、そこが。」
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