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第459話 凍蝶(8)

「なんか変なこと考えてる?」と和樹が言った。 「えっ? はっ? 何?」涼矢の頬も赤いが、のぼせたせいではない。 「考える人みたいなポーズしながら、ニヤニヤしてるから。」 「嘘。」 「本当。」 「やべえな。」涼矢は長椅子から立ち上がる。「車、戻るぞ。」 「やらし。」 「何がだよ。」 「違った?」 「合ってる。」 「やばいの?」  涼矢は返事をしない。ありがとうございました、というスタッフの声を聞きながら、外に出た。 「パンツ、気になる?」和樹は笑いながらそう言い、車に乗り込んだ。 「いいよ、もう、その話。」涼矢はエンジンをかける。 「お客様の御意見箱ってのあったから、投書すれば良かったのに。」 「パンツ売って下さいって?」 「それじゃ変態のセリフだろ。あ、いいのか、おまえ変態だもんな。」 「笑わせるなって。ここ俺の苦手なタイプの坂道発進。」 「苦手な坂道と得意な坂道があんの?」 「ある。」 「でもおまえ、運転上手いじゃん。」 「ありがと。親父にも褒められた。」 「佐江子さんはスポーツカーで爆走しそう。」 「運転上手くない癖にマジでやりそうだから、そういう車を与えちゃダメ。今の軽がちょうどいいんだ、あの人。」 「俺も免許欲しい。」 「さっさと取りなさいよ。社会人になってからじゃ大変だろ。」 「金がない。免許取る金も、車買う金も。」 「言えば多少は出してくれるんじゃないの、家の人。」 「たぶんね。」 「頼みづらい?」 「そりゃね。ただでさえ金かけさせてる。おまえみたいに奨学金もらえる成績でもないし。」 「出世払いで。」 「出世ねえ。」和樹はハア、とため息をつく。 「一般企業なんだろ、目指すところは。」 「まあな。ていうか、何がやりたいってわけじゃないから。いいよな、弁護士とか、検事とか、目標があるって。美容師でもボクサーでも、目指すものがある奴は、いい。」 「和樹はなんだってできるから。器用だし、対人スキル高いし。その気になりゃトップセールスの営業マンになれるよ。」 「そんなこと言ってくれるのは涼矢くんだけですよぉ。」 「俺の希望にも合ってる。」 「会社員が?」 「和樹には、スーツ着る職業に就いてもらいたい。」  和樹は盛大に吹いた。「何だよ、それ。」 「あ、制服系もいいよね。パイロットとか警察官とか。ああいう制服って家に持ち帰っていいのかな。」 「おまえなあ。」 「でもな、そういう仕事は休みを合わせるのが大変だから、やっぱり普通の……。」 「涼矢くんの趣味で俺の職業を決めないでください。大体さ、会社員イコールスーツじゃないし。ラフな格好の職場もあるだろ。」 「そっか。」 「弁護士はスーツじゃなきゃだめなの?」 「そんなことないよ。でも、顧客の信用を得るって意味で、普通はスーツだよね。」 「ピアスもだめか。」 「それも同じく。タレント弁護士みたいな人ならいいんだろうけど。」 「そこは会社員も一緒だよな。」 「……あのさ、明日。」 「プチ同窓会?」 「うん。」涼矢はひとつ空咳をする。「ピアス、してったらだめかな。」 「え、でもおまえ、嫌だって。」 「そう言ったけど、なんか、したくなった。」  和樹は涼矢を見た。運転しているのだから当然だが、前を向いている。が、その頬は少し赤い。「いいよ。」  どうして急に気が変わったのかとは、和樹は訊ねなかった。  翌日、2人は車でPランドに向かっていた。集合はPランドの入口に11時。柳瀬から聞いたのはそれだけで、結局誰が来るのかすらも分からないままだ。Pランドに近づくにつれ、みんなに会いたいという気持ちよりも、不安のほうが大きくなってくる。 「聞かれたら、言ってもいい?」と和樹が言う。何を、とは言わずとも涼矢には通じる。 「いいよ。」 「綾乃や柴でも? 奏多でも?」 「来るの? 柴とか奏多とかクラス違うだろ。」 「知らないけど、柳瀬のことだから誰呼んでるやら。」 「誰に言ったって、もう同じだろ。バレる時はバレる。」 「だよな。」 「緊張してる?」 「少しな。」 「俺も。」 「そう見えな……くもないな。ちょっと昔の涼矢っぽくなってる。」 「は、何それ。」 「無表情。」 「固まってんだよ、緊張で。」 「無理しなくていいから。俺が適当に相手するし。」  適当と言っても、まさにこのPランドで、和樹がクラスメートを前にして2人の関係を暴露したのだ。涼矢に何の相談もなく。そのせいで、結果的にはエミリまで泣かせることになった。そう指摘したい気がしたが、そのおかげで気が楽になったのも事実だし、和樹の自分への好意が本気だと信じられるようになった。  車を駐車場に停め、少し歩いて入場口へと向かう。チケット売り場が視野に入ると同時に、見覚えのある顔がちらほらと見えてきた。 「来た来た。」柳瀬の声が真っ先に聞こえた。 「よう。久しぶり。」と和樹が言う。 「元気だった? 東京慣れたか?」 「ああ。そっちは?……って、おまえ、確か浪人してたよな。」 「あちゃ、それは言わないで。今日一日だけ、そのこと忘れさせて。」 「本番直前だろ。」  柳瀬は両手で耳を塞ぐ素振りをして、後ずさる。

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