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第461話 凍蝶(10)

「和樹は。」突然奏多が振り返って、和樹に話しかけてきた。「おまえは、水泳、続けてんの。」 「少しだけ、バイトで。」 「バイト?」 「スイミングクラブのコーチ。小学生向けの。」 「へえ。今も?」 「夏休みの短期のだから、今はやってない。」 「バイトしてないの?」 「バイトはしてる。塾講師。」 「和樹が?」と言ったのは英司だ。 「悪いか。」 「できるのかよ。」 「一応ね。小中学生のチビッコ相手だから。」 「中学生の女の子に手ぇ出すなよ?」英司は半笑いでそう言った。 「出すかよ。」答えながら、そんなことを言うからには英司は知らないのか、と思う。 「涼矢はバイトしてる?」と英司が聞いた。 「いや。」 「したほうがいいよ、社会勉強になる。」そう言ったのは奏多だ。  どこか上から目線のその言い方に、少し苛立ち、和樹は思わず口にした。「クリスマスには、レストランでバイトしたんだよな。」  涼矢は和樹を一瞥する。余計なことを言うなと言わんばかりの表情だ。 「レストラン? 涼矢に接客とかできんの。」和樹は、さっきから否定的なことしか言わない英司にも苛立ってくる。 「知り合いの店を2日間手伝っただけだよ。ほとんど裏方で、接客はしてない。」涼矢が言った。 「なーる。」英司はそれなら分かると頷く。  奏多はじっと和樹を見ていた。何か言いたそうだ。和樹にはそれが何か想像がつく。なんで東京にいるはずの和樹がそんなことを知ってるんだ? ……そういったことだろう。 「ジェットコースター行く人ぉ!!」柳瀬のそんな声が聞こえた。 「俺、だめなんだよな、絶叫系。」奏多がそう呟くのを聞いて、和樹は逆に「はーい。」と手を挙げて柳瀬のほうに近づいた。涼矢はついてこない。和樹は、ついてきても来なくてもどちらでもいい、と思っていたから、そのまま柳瀬のところに向かった。 「じゃあ、ここからはそれぞれ適当に回って、昼近くになったらフードコート集合。俺と宮野は早めに行って席取りするけど、人数多いから、暇な奴は席取り要員お願いしまぁす。」柳瀬が仕切って、大まかに3グループほどに分かれて行動が開始された。  涼矢はその場にいた流れで、奏多と英司、それにカノンとミナミとも合流して、一緒に回ることになった。 「エミリの調子はどうなの。」と奏多がカノンに聞いた。 「うん、悪くないみたいよ。あっちは夏だしね、いいよね。」 「エミリがどうしたの?」とミナミが言う。水泳部ではないから事情が呑み込めないようだ。カノンがかいつまんで説明すると、ミナミはすごぉいと感嘆の声を上げた。 「私もカナダに留学するんだ、来年。」とミナミが言った。 「長期?」 「4か月。」 「そこそこ長いのね。いいなあ。」 「うちの学科は全員留学するの。しないと単位取れないんだ。」 「へえ、それって何学部?」 「文学部国際コミュニケーション学科。」 「外資系志望?」と奏多が言った。 「できればね。旅行会社でもITでもいいの。とにかく、外国で働くか、行き来できる仕事がいいなって思ってる。」 「英語使う仕事ってこと?」 「うん。」 「ミナミ、CAも似合いそう。国際線のCAとか、かっこいいじゃない?」 「ちょっと背が足りないのよね。エミリぐらいあれば良かった。」 「あの子大きいもんね。」  そうだっけ、と涼矢は思う。エミリにキスした時は小さくて華奢な女の子だと思った。もっとも比較対象が和樹だから、大概の女性は小柄に見える。 「さっきカノンが言ってたのって、そのピアスのこと?」突如ミナミが涼矢の耳を指差しながら言い出した。 「あ、それは……。」カノンが慌てて黙らせようとした。その様子を見て、ミナミも自分の失言を察した。 「ごめ、ごめんっ。」ミナミは涼矢と奏多、それに英司の顔を交互に見た。 「俺も気になってた。耳のそれだろ? なんで和樹と同じなの?」英司が言う。  一番気になっているだろう奏多は無言だったが、その場で立ち止まる。つられるように他の面々も立ち止まった。自然と視線は涼矢に集まる。 「つきあってるから。」涼矢が言う。 「は?」と英司が眉根を寄せる。 「都倉とつきあってる。」涼矢はもう一度言った。冷静さを保っているつもりだったが、英司を前にして反射的に部活の頃の呼び名になった。 「何言ってんの、こいつ?」英司は奏多に助けを求めるように顔を向けた。 「それってさ。」ついに奏多が口を開いた。「水族館だっけ。いや、その前か。シネコンでも見かけた。あれ、そういうこと?」 「……ああ。」涼矢が答えた。奏多を見ていると、何か思い出しそうになる。水族館やシネコンのことではない。思い出せなくてモヤモヤとする。 「そういうことって何?」英司が奏多に言う。 「俺、何回か見たんだ。こいつと和樹が一緒にいるとこ。あんまり仲良くなかったはずなのに変だって思ってた。……でもおまえ、俺が聞いた時、否定したよな?」途中からは涼矢に向かって言う。 「した。」 「それ、嘘だった?」 「うん。」 「なんで?」 「なんでか分かんねえの?」  気まずい空気が流れた。何が起きたのかさっぱり分からないという表情の英司、おろおろと焦ってるミナミ、奏多と涼矢をなだめようとしながらも声がかけられないでいるカノン。

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