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第462話 凍蝶(11)
「本当のこと、言ってくれたら良かったのに。俺、おまえには隠しごとしてなかっただろ。」奏多が言った。
「それってあの教育実習に来てた……カオリ先生のこと?」
奇跡的に涼矢がその名を記憶していたカオリは、かつての教育実習生だ。今は奏多と交際している。カオリに恋したものの、何も伝えられないまま教育実習期間が終わった後、奏多は連絡先不明の相手にどうやってコンタクトをとったらいいだろうかと涼矢に相談していた。大学宛てに手紙でも出したらどうだという涼矢のその場しのぎのアドバイスが、結果的には奏多とカオリがつきあうきっかけとなった。2人の交際は卒業式後の打ち上げの場まで涼矢以外は知らないことだった。当の涼矢は大した興味もなく、奏多の秘密を自分だけが知っているという自覚もなかったのだが。そして、カオリを思い出すと同時に涼矢は把握した。さっきまでのモヤモヤ。思い出せそうで思い出せなかったこと。――奏多は宏樹さんに似ている。見た目も中身も頼りがいのあるタフガイなところ。奏多の恰幅が良くなったから余計に似ている。若干上からものを言うところも。そういや宏樹さんは高校教師だし、奏多も教師志望だっけ。「健全」で、「常識的」なセンセイってのは、頼んでもいないのに「正しい道」に導きたがる。放っておいてくれればいいのに――。涼矢は、ついこの間宏樹に感じた苛立ちを、無意識のうちに奏多に重ねていた。
「そうだよ。」奏多は言うまでもないという顔をする。
「でも、そのカオリ先生に変な風に思われたくなかったんだろ?」
「え?」
「カオリ先生の前で俺と和樹がつきあってるなんて言ったら、おまえまでおかしいって思われるからやめてくれって。あの時、おまえ、そう言ったろ?」
「ひど。」小声でカノンが呟いた。
その声は聞こえたのか聞こえなかったのか、「そんなこと言ってない。」と奏多は言い返す。
「言ったんだよ。そんなこと言われて本当のことなんて言えねえよ、さすがに。」
「そんなつもりで言ってない。そう聞こえたなら悪かったけど、本当だと知ってたら言わなかった。」
「まぁ、いいよ、別に。奏多みたいに思うのが普通なんだから。」涼矢は一方的にそう言い捨てると、歩き出した。
その涼矢の行く手を阻むように、英司が立ちふさがった。「ちょちょちょ、ちょっと待って。俺だけついていけてないんだけど。なんか、さっきから、おまえと和樹が、その、カップルみたいな話になっちゃってるけど。」
「合ってる。」涼矢は英司の脇をすり抜けて再び歩き出す。
「え、何、みんなそれ知ってるの。」
「俺は、ちゃんと聞いたのは今が初めてだ。」と奏多が言った。
「他の人には言わないで。知ってる子もいるけど、広めないで。」とミナミが言った。「ごめんなさい、私がうっかり。」
「いいよ、別に。わざわざ言いふらされたくはないけど、秘密にしてるつもりもないし。」ミナミのほうを見るでもなく、涼矢が言う。
カノンは小走りして涼矢に並んだ。「だから、ペアのピアスしてきたの?」
「……うん。」
「マジで? そういう? え?」その後に続いて歩きながら、英司はまだ混乱が続いている様子だ。
「マジでそういうおつきあい。」涼矢は英司を見る。「気持ち悪い?」
「え……。」英司は立ち止まる。
「なんだよ、その言い方。俺への嫌味かよ。」奏多が涼矢の肩を掴んで、止まらせた。「ちゃんと言ってくれたら、俺だってあんな風に言わなかったよ。だってさ、そんな……おまえと和樹がつきあってるとか、そんなのいきなりつきつけられて信じられるわけないだろ。」
「嫌味じゃない。そんなつもりじゃなかった。そう聞こえたなら悪かった。」涼矢はついさっき奏多が言った言葉で言い返した。
「おまえ。」涼矢の当てつけがましい態度に、奏多は明らかに腹を立てていた。
「ねえ、ちょっとやめてよ。」カノンが割って入った。「今のは涼矢が悪いと思うよ。」
「……悪い。」涼矢は素直に謝った。「俺、今日来るのやめようかなとも思ってた。うまく説明できる気がしなかったし。やっぱり、こうなっちゃうし。奏多は悪くない。奏多も、誰も悪くない。俺が。」
「私だよ、余計なこと言って。」ミナミが半分泣きそうになりながら言う。
「違うよ。ほんと、ごめん。」涼矢は髪をかき上げる。「英司も、カノンも、こんな空気にしちゃって、ごめん。……俺、やっぱ帰るわ。」
その場を離れようとする涼矢の腕を掴んで止めたのは、またも奏多だ。「何言ってんだよ。これで帰られたら、俺が悪者だっつの。」
「誰もそんな風に思わないよ。」
「思うだろ。だっておまえは何も悪いことしてないのに、俺が……俺があの時、嫌なこと言ったから。そのつもりがあってもなくても、言っちゃいけないこと、俺が言ったんだろ。」
「もう、いいんじゃないの、そういうの。涼矢の言う通り、誰も悪くないよ。だから、もう、やめよ?」カノンが言った。
「そうだよ。」英司も言った。「よく分かってない俺が言うのもなんだけど、せっかく久々に会ったんだからさ。」
「涼矢がいいなら、俺は。」と奏多が言う。
「俺は別に。」
「じゃあ、もう、おしまい。」カノンはひとつ手を叩いた。「ね、涼矢、この際だから聞くけど、あんたは今、和樹とうまく、幸せにやってるんでしょうね?」
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