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第463話 凍蝶(12)

 涼矢はカノンからの思いがけない問いかけに、一瞬呆気にとられた。「え……。あ、うん、まあ。」 「それなら、言うことないでしょ。同級生カップルが幸せなのはいいことだ、うん。しかも遠距離をものともせず。そう思わない、奏多?」 「それは、そうだ。」奏多は棒読みの口調ではあったが、カノンに同調した。 「同級生カップル……。」英司がその言葉を繰り返した。「あの、悪い、改めて聞くけど、それってその、レンアイの。和樹と涼矢が恋人同士ってことでいいわけ?」 「そうよ、さっきから言ってるじゃない。」 「なんでみんなそう、あっさりと受け入れてんの。」 「私とミナミは前から知ってたから。」カノンは涼矢を見た。「ごめん、私も最初はあっさりとは受け入れられなかったよ。でも、今はね。応援してんのよ、あんたたちのこと。エミリもね。」 「エミリも知ってるんだ?」と英司が言った。 「うん。」と答えたのは涼矢だ。 「そっか。」英司は1人で頷いた。「分かった。じゃあ、俺も応援する。」 「応援って……俺らは何なんだよ。」涼矢は苦笑した。 「一生懸命困難な恋に立ち向かっている人を見たら、味方をしたくなるものなのよ。ロミジュリだって、だから素敵なんじゃない?」ミナミが祈るようなポーズをしてみせた。 「ミナちゃん、それじゃ最後、2人とも死んじゃうよ?」とカノンが言った。 「あっ、そうか。ハピエンがいいよね。なんだろ、美女と野獣とか?」 「俺……野獣?」と涼矢が呟く。  カノンが笑い出した。「和樹が美女なんだ? 惚れてるねえ。」自分で言って、また笑う。つられるようにその場のメンバーも笑った。  ようやく以前のように打ち解けて、いくつかのアトラクションを制していった。このメンバーで最後に乗ったのは、ジャングルのような演出の薄暗いトンネルを、専用の乗り物に乗ってめぐっていくアトラクションだった。2人乗りのそれに、涼矢は英司と乗った。 「今だから言うけど、俺さ、エミリのこと、ちょっと良いなって思ってたんだよね。」乗って早々、英司が言った。 「ふうん。」そのエミリは、俺が和樹に片想いしていたのとほぼ同じ3年近く、俺に好意を寄せてくれていた。そのことはうっすら気付いていたけれど、どうすることもできなかった。 「でも、彼女、おまえのこと、好きだっただろ? おまえも気づいてたよな?」英司があっさりそう言うので、涼矢はそこで初めて英司の横顔を見た。 「なんでそんな風に思うの。」 「見てりゃ分かるさ。でも、おまえと和樹のことは分かんなかった。いつからつきあってるんだよ?」 「卒業の時。」 「そこから? じゃあ、最初から今まで、ずっと遠距離で?」 「ああ。」 「……まぁいいや。いや、よくないけど。でさ、俺はエミリが好きだったけど、おまえに片想いしてるのは知ってたし、おまえがその気になりさえすれば2人は付き合うんだろうと思ってた。だから、告白もしなかった。」 「そっか。」 「さっきの聞いて、だったら言えば良かったな、って後悔したよ。」 「今更言ってもしょうがねえけどな。」 「容赦ねえな、おまえ。」英司は笑った。「で、何? おまえが告白したの、和樹に?」 「ん。」 「すげ。」 「すげえだろ。」 「勇気、要っただろ。」 「そりゃね。」 「それだけ生半可な気持ちじゃなかったってことか。」 「どうだろうね。ただ必死だっただけだけど。」 「俺だったら言えねえわ。」 「だろうな。」 「フォローしろよ、少しは。」英司は涼矢の肩を叩いた。 「いや、普通の奴はそんなことしないって話。英司だって今、勝ち目がないから告白しなかったって言ってたじゃない? それが普通だよ。ましてや、こんな……同級生の男相手にさ。うまく行くなんてひとつも思わなかった。」涼矢は苦笑いした。 「それでだめだったらって想像はしなかったのか? 黙ってりゃ少なくとも友達のままでいられたわけだろ。怖いじゃん、そういうの。下手したら他の奴とも会いづらくなるとか、考えなかった?」 「考えたに決まってるだろ。もしだめだったらどころじゃないよ。だめなケースしか思い浮かばなかったよ。」 「本当の玉砕覚悟だったんだ。」 「その時は覚悟も何も、頭真っ白で、他の選択肢が消えた感じ。そうするしかない気がした。」 「そうかぁ。」英司はジャングルの中のように飾り立てられている壁面を見る。「でも、きっとそれが本気出すってことなんだろうな。で、神様は見てるんだよな、そうやって、言い訳しないで、本気出してる奴を。」 「はは。」涼矢は弱々しく笑った。――和樹を振り向かせる術など何もなかった。自分にあるのは本気さだけで、それだけを力にして、一縷の望みもないままに、気持ちを伝えた。 「でもなぁ、俺の場合、あ、柳瀬もだけど、今は入試だよね。本気出すっつったら。」 「それ言ったら、今日ここに来てる時点でだめなんじゃないの。」 「おまえって本当に容赦ねえな。明日から本気出すんだよ、俺は。」 「だめな奴の言う、一番だめなセリフ。」 「きっつう。」英司はそう言って笑ったかと思うと、頭をくしゃくしゃと掻いた。「それにしてもさあ、俺、この後、和樹の前でどんな顔すりゃいいんだ。」 「別に、普通にしてたら良い。英司は関係ないんだし。」 「はぁ、関係ないってひどくね? 友達の一大事だろ、こんなの。」 「今の話聞いても、友達って言ってくれるんだ。」 「へ?」

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