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第464話 凍蝶(13)
「本心では、気持ち悪いって思わない?」何故英司にこんな質問をぶつけているのだろう、と涼矢は自問自答した。英司とは部活仲間ではあるが、接点はそれだけだ。クラスも一緒になったことがない。友達というよりはただの顔見知りに近い。今こうしてこの乗り物に2人で乗っているのだって、男3人と女2人で回っていて、2人乗りだと奇数で1人あぶれるから、奏多が譲ってくれたというだけのことだ。
和樹とは友達と呼ぶにふさわしい程度には親しかったと思う。もっとも和樹は部活仲間でもクラスメートでも、少しでも関わりがあれば誰とでも親しくしていたけれど。だから今、英司が言った「友達」とは、和樹のことを指しているか、和樹のおまけで自分のこともそう呼んでくれているのか、あるいは、ちょっとでも知っていれば誰でも友達と呼ぶタイプなのか、そのどれかなのだろう、と涼矢は思った。
だからこそ聞いてみたくもあった。奏多やカノンよりも、もう少し遠巻きの関係。より「世間」に近いところから、自分たちはどう見られているのか。そんなのどうでもいいと切り捨てる自分と、世間からの評価を気にする自分。相反する自分がいる。
「ああ……いやぁ……なんつうか。気持ち悪いも何も、そういうのって考えたことがなかったから。おまえも和樹も、テレビに出てくるようなオカマちゃんじゃないし。実感湧かないし想像もできない。……なあ、つきあってるってのはさ、つまり、おまえらが、そういうことすんの? その、女とするようなことをさ。」
「さあ。俺、女とつきあったことないし。」
「あ、じゃあ、おまえはその、最初から男が好きっていうか。」
涼矢は英司から目を逸らす。「……うん。」そういったことも含めて告白しなければならない覚悟はしていた。していたつもりだった。それでもやはり、何とも言えない不快感が胃からこみあげてくる気がする。
「それが理解できないよなぁ。男の裸見てウハウハするわけ?」英司はニヤつくわけでもなく、それなりに真剣に考え込んでいる表情で、そんなことを言った。
だが、だからこそだ。悪意もない、意図的でもない。「素朴な疑問」として投げかけられるこの手の質問。それが本当は反吐が出るほど苦手だ。今まではゲイであることを隠していたから、こうもはっきり聞かれることはなかったけれど、異性愛者間だったら決してしないはずの質問を遠慮なくぶつけてくる、その無神経さに腹が立つ。「それ、答えなきゃだめ?」
「嫌ならいいけど、俺たち水泳部じゃん。裸のつきあいなんか山ほどしたわけだろ。正直、仲間内からそういう目で見られたのかって思うと微妙だな。」
ほら、まただ。しかし、ここでいくら声高に言ったって、英司には理解できないだろう。いや、いい。理解なんかしなくていい。ただ、放っておいてくれ。俺がそんな風に思うのは、こういう奴らがいるせいだ。
「男なら誰でもいいわけじゃない。少なくとも英司に対してそういう気持ちになったことはない。安心しろ。」
絞り出すように言った涼矢のその言葉を、英司はそうとも知らずにあっさりと受け取る。「そりゃそうか。俺だって女なら誰でもいいわけじゃないもんな。……けど、和樹には対してはそういう気になるってことか?」
涼矢は英司を見た。笑って冗談にしてしまったほうがお互いに楽なのは分かっていた。けれど、笑えなかった。「ごめん、そろそろ勘弁して。」
うまく笑えなかった涼矢のことを、しかし、やはり英司は気が付かなかった。1人で話を勝手に進めていく。「それはな、やっぱちょっと、アレだな。あんまり想像はしたくないわな。だって男同士のって、ケツだろ?」
涼矢は黙ってうつむいた。
「痛いだろ。絶対。それはアカン。俺は無理。あ、でもどうなんかな。安田先輩ならイケ……いや、無理だな。」
「なんで安田先輩?」急に出てきた水泳部の先輩の名前。その脈絡のなさに、思わず反応してしまう。
「あの人、ちょっと色っぽかった。」
「そうか?」涼矢は安田を覚えていたが、それは彼の泳ぎが素晴らしかったからで、それ以上の印象はない。
「うん。プールから上がる時とか、なーんかやたら色っぽいんだよ。たまにドキッとしてさ。あれ、俺もそっち系アリなのかな?」
そっち系とはどっち系のことを言ってるんだ。もちろんその答えは知っているけれど。「知らねえよ。」
「あー、でも安田さんに迫られたら断れる気がしねえ。」
「おまえはエミリが好きだったんじゃないの。」
「好きだったよ。でも、エミリの好きと、安田さんの好きは違っ……違わねえのか。ん? 分かんなくなってきた。とりあえず痛いのは嫌だけど、そこがクリアできるんだったら……。」
「何の話してんだよ。」暴走する英司に、不快感や腹立ちを通り越して、呆れてきた涼矢だった。
「うーん。そう考えると、アリかナシかで言ったらアリなのかな。」勝手な結論を出す英司を見て、涼矢はどう反応していいのか分からなくなってきた。そんなタイミングで乗り物はゴールに着き、みんなと合流する前にと思ったのか、英司は焦った口調で言った。「つまり、アリだよ。気持ち悪くはないよ。俺はそうじゃないけど、そういうのもアリだと思う。」
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