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第465話 凍蝶(14)

 そういうのもアリ。あれだけ配慮のない、無神経なことを言い募った英司だが、図らずも一番自分が望む結論に到達してしまった。そのことに、涼矢は狼狽えつつも安堵を覚える。英司から言われた言葉の大半には胸を抉られる思いをしたが、最後にそこに着地してくれるなら、今日ここに来たことも報われたように思えた。  宏樹やエミリの言葉には、親しいからこそのオブラートがかけられているはずで、「英司程度の顔見知り」の言葉のほうが嘘がない気がした。そういうのもアリ。英司が本当にそう思ってくれたなら。  そう思った次の瞬間には、そんな単純なことじゃない、と自戒する。たった一人の、この短時間の思いつきの言葉にすがっちゃだめだろう。それでいいなら何も思い悩む必要なんかない。顔見知り程度だからこそ歯に衣着せぬ本音が聞ける、なんて思うのも短絡的すぎる。 ……宏樹さんやエミリの言葉が嘘、ってわけでもないんだろうし。  涼矢は心の中でひとりごちる。宏樹さんも、エミリも、自分の親も、俺たちの味方だと言ってくれるのは、きっと本当で。それを疑うつもりはない。  でも、彼らは一緒に堕ちてくれるわけじゃない。 ……堕ちるって、どこに?  「堕ちる先」も分からないままに、でも、そこに和樹を引きずり込んでいるのは、ほかならぬ自分だと思う。でも、そう思ってしまうこと自体が、和樹に申し訳なく思われた。和樹が俺を選んでくれて、俺と一緒に歩いていく覚悟を決めてくれるなら、俺はそれを「堕ちる」と思ってはいけないんじゃないか。  フードコートに到着すると、柳瀬と宮野が席を取ってくれていた。自分たちが飛び石に座るほかに、空いた所に荷物を置くことで所有権を主張している。その荷物を見るに女子がいてもおかしくないはずなのに、いるのは男子ばかりだ。そんな違和感を覚えていると、女子も3人ばかりやってきた。どうやら人数分の「お冷や」を用意してくれていたらしい。トレイに載せたコップをテーブルに置いて行く。 「俺、やろうか?」と涼矢が言った相手はマキだ。 「大丈夫、もうこれだけだから。座ってて。」マキは残り2つのコップを視線で示した。 「ありがとう。」涼矢は素直に空席に座るが、「今いる奴、先に注文してきなよ。」と柳瀬に言われて、またすぐ立ち上がった。 「おまえの分も注文してくるか?」涼矢は柳瀬に言った。 「いや、俺は後で行くから。つか、おまえがそんな優しいこと言ってくれんの、珍しい。」柳瀬が笑う。 「俺は常に優しいだろ。」 「ポン太にはな。そういやポン太、おまえに会いたいって騒いでるぞ。今日もうっかりしたらついてきそうな勢いだった。」 「ポン太って誰。」と宮野が言った。 「俺の弟。昔っから涼矢のこと大好きで。」 「へえ。田崎は男にモテるんだな。」  その瞬間、柳瀬は宮野の後頭部をはたいた。痛い、という宮野の声に何人かが振り向いた。「おまえはどうしてそう、言っていいことと悪いことの区別がつかないんだよ。」 「モテるってのは褒め言葉だろ。」 「わざわざ男にモテるなんて言わなくても。」言いかけて、柳瀬は周りの視線に気づいた。 「モテないよ。男にも、女にも。」涼矢は注文しに行くタイミングを逃して、座りなおした。 「そーお?」と会話に割って入ってきたのはマキだ。「田崎くん、意外と女子にも人気あったよ。一部のマニアには。」 「マニア。」涼矢は呟いた。 「マキったら。」ミナミがマキをつついた。それは前回、和樹の告白の時と同じだった。マキの無神経なふるまいは改善されていない様子だ。英司の次はこの子か、と涼矢は心の中で舌打ちした。  そこに和樹たちもやってきた。「お待たせ。あ、席取りサンキュー。」 「ささ、こちらにどうぞ。」マキが和樹のために椅子を引く。涼矢の隣の席だ。 「マキちゃんたら、相変わらず気が利くんだか利かないんだか。」和樹は苦笑しながら、そこに座った。マキはちゃっかりとその隣に陣取った。 「わあ、本当にお揃いだ。かっこいいね、そのピアス。」マキはにこにこと2人の顔を見る。 「ありがとう。俺が選んだの。」和樹は社交辞令をこなすようにマキの相手をするつもりらしい。和樹と涼矢の仲を知らない面々がざわつくのが分かった。 「順調なんだ?」とマキが言う。 「うん。」 「良かったぁ。」マキは両手を胸に当てて、ホッとしたことをアピールした。 「なんでさ?」和樹は笑った。 「私、ちょっと変なこと言ったりしたじゃない? だから、責任感じてたの。」  俺と涼矢の関係に、マキが責任を感じる必要などどこにもない。だいたい、マキの存在なんて今日この場で会うまで忘れてた。その顔を見て、デリカシーのない質問をされたことは思い出したけれど、それすらもどうだっていい。和樹はそう思いつつ、マキがマキなりにそれをずっと気にしていたのなら、そこまで悪い子じゃないんだな、と思う。  そう思った矢先に、マキは急にふんぞりかえって、言い出した。「でもね、私、今日は都倉くんに言いたいことがあるのよ。」 「え、何? 怖いな。」 「……それはごはんの後にする。注文してこようっと。」マキはどこまでもマイペースだった。和樹がポカンとしている隙に立ち上がってミナミの手を引き、「ミナちゃん、行こ。私たこ焼き食べたいかもー。」などと言っている。 「俺も行って来よ。」毒気を抜かれたようになった和樹も立ち上がる。周りが2人を見ていることを感じながら、涼矢も無言で立ち上がり、和樹に続いた。

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