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第466話 凍蝶(15)
「すっげ視線。」みんなから少し離れると和樹が言った。
「うん。」
「言った?」
「言った。」
「奏多に?」
「うん。あと、英司にも。」
「ああ、英司も一緒だったか。あいつは平気そう。」
「自分は無理だけど気持ち悪くはないって言ってた。」
「無理?」
「痛そうだって。」
「……おまえ、何話したの?」
「俺が言ったんじゃない。英司が勝手に。男同士ってケツ使うから痛そうって。でも安田先輩ならイケるかもって。」
「はあ? なんでそこで安田先輩出てくるんだよ。」
「色っぽいからって。」
「英司もよく分かんねえ奴だよなあ。なんかそう考えると、みんな変。それぞれ変だ。……安田先輩、確かに色っぽかったよな。」
「和樹もそう思うんだ。」
「おまえは?」
「安田先輩って人がいたのは覚えてるけど、きれいな泳ぎをする人ってぐらいしか印象にない。」
「おまえがそれだけ覚えてれば上等だ。」和樹は苦笑する。「俺、ここにしよ。」いくつか並ぶ飲食店の中から、和樹はうどん店を選んだ。本人は覚えていないが、前回も同じ店を選んでいた。涼矢も当然のようにその隣に並ぶ。和樹はかしわ天うどんにミニサイズの親子丼をつける。涼矢はわかめうどんに半カツ丼のセットだ。
「和樹の注文、鶏肉ばっかりだけど。」と涼矢は言う。
「いいだろ、別に。」
「うん、おまえがいいならいい。」
「俺がいいからいい。」
どうでもいい会話をしながら、出来上がるのを待つ。店員からはブザーを渡されていた。出来上がったら音が鳴るので、店まで取りに来る、そんなシステムだから一度席に戻って待ってもいいのだけれど、その場で待った。行き来が面倒だったし、今日このPランドで2人きりで話せる機会はこんな時ぐらいだろうと思ったからだ。
「おまえは、誰かに話したの?」涼矢が聞いた。
「いや。直接は聞かれなかった。柳瀬や宮野と一緒だったから、知らない奴にはあいつらが適当に説明してくれてたっぽいけど、どこまで説明したのかは知らない。あいつら、席取りしに行くんで途中で別れたし。」
「そうか。」
「奏多はなんか言ってた?」
「言ってた。」
「なんて?」
「最初から本当のことを教えてほしかったって。」
「はは、あいつらしいや。怒ってた?」
「少しね。でも大丈夫。」
「あいつ、自分は常に正しいと思ってるからな。」
「正しいんだよ、実際。」
和樹がそんな涼矢の言葉に反論しようとした時、前後して2人のブザーが鳴った。2人でカウンターまで料理を取りに行き、再び柳瀬たちの待つテーブルへと向かった。
「でも、俺たちだって正しい。」涼矢が先を行く和樹の背中に向かって言った。
和樹は顔だけ振り向かせる。「おし、その意気だ。こっからが本番だからな。」
和樹の向かう先には、クラスメートたちがいる。自分たちに注がれる視線は無視できない。何人かは注文しに席を離れているようだ。柳瀬もその一人らしく、さっきまでいた席にその姿はなかった。前回は柳瀬がいたから、最悪の空気は免れた。今回はどうなのか。無意識に構えてしまう。
「たこ焼き食べたいとか言ってなかった?」和樹はとりあえず隣のマキに話しかけた。マキの前にはピザがある。
「気が変わったの。」
「あっそう。」心底どうでもいい話題だな、と心の中で思う。
「一切れ食べる?」
「ありがと、けど、要らないよ。」
「なんで? あ、彼氏に嫉妬されちゃう?」マキはさも自分が気の利いた冗談を言ったかのように笑う。
「単純に、ピザの気分じゃないんだよ。」和樹は箸でうどんをつまみ上げてみせた。「マキちゃんは最近どうなの。」
「おっさんくさい質問。」マキは笑った。
「彼氏できた?」
「できたにはできたけど、倦怠期ってやつかなあ。すごく好きでやっとつかまえたのにね。なんでだろね。」
「そうなんだ。」和樹はうどんをすすり始める。マキとは反対側の隣にいる涼矢も食べ始める気配がした。
「ラブラブが持続する秘訣が知りたいわ。」マキもピザを頬張る。
それから柳瀬も来て、まずは食事のほうが優先となり、静かになる。
「そう言えば、涼矢さ。」涼矢の向かいにいた柳瀬が話しかけたのは、もう食事をほとんど終えたタイミングだ。「この間、おばさんに会ったよ。」
「へえ。」
「予備校行く時に、隣にスーッて車が停まって。そしたら、窓開けて『総ちゃんでしょ?』なんて。何年ぶりかな。中学の卒業式以来か。」
「そうかも。」
「おばさんが化粧してんの、初めて見た。」
「あれでも一応してるよ。シミ隠す程度に。」
「口紅つけてた。」
「ああ……。」涼矢は和樹を見る、とまではしないが、視界の端にとらえた。「若作りしてんだろ。」
「そんなことないよ。うちのババアなんか20代と同じような、どピンクなんかつけるからさ、余計ひどいよ。ああいう、年相応っつうのかね、そういうのがいいよな。」
「そう。柳瀬が褒めてたって伝えておく。」
「なに、最近仲良いわけ?」
「誰が、誰と?」
「おまえとおばさん。中学の頃なんか一言も口利かなかったらしいじゃん。うちのババアが言ってた。」
「一言もってことはないだろ。忙しくてほとんど家にいなかったし。」
「俺が浪人したこともバラしただろ。リベンジ頑張ってねって言われたぞ。」
「総ちゃん元気かって聞かれたから。」
「総ちゃん。」そう繰り返して笑ったのは柳瀬の隣の宮野だ。
「総ちゃん涼ちゃんの仲だったよ、なあ?」柳瀬も笑う。
「幼稚園の頃の話な。」
「いつの頃からかこんな無愛想になっちゃって。」
「昔は違ったんだ?」宮野が言う。
「か弱い美少年だったよなあ?」と柳瀬。
「病弱だったけど美少年ではない。あと昔から愛想はなかった。」
柳瀬が吹き出す。「そうか、そうだったな。」
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