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第468話 凍蝶(17)
和樹も立ち上がり、トレイを返却口へと持って行く。何人かがそれに続いて行った。マキは微動だにせず、うつむいて、赤くなっている。恥ずかしいのか、怒り狂っているのか、涼矢には判断がつかない。だが、どちらでもいい、と思った。和樹に対する無礼を思い知ればいい。マキに対して思うところがあるとしたら、それだけだ。涼矢は元の席に座った。それと入れ替わるようにマキもトレイを持って、その場から離れた。
「おまえ、案外きっついのな。普通女子にあそこまでしない。」宮野が言った。
「普通じゃないもんでね。」
「なんでそういうこと言うかな。」宮野は大げさにハアとため息をついた。「そういうの良くないよ? 自虐しても誰も喜ばない。」
「宮野のくせに良いこと言う。」柳瀬が言った。「俺もそう思うよ、涼矢。」
「……ああ。」涼矢は宮野をきちんと正面から見た。「ありがとう、気を付ける。」
「わ、マジな返事か。」宮野が苦笑いした。
「いや、自分でも分かってるから。こういうところ、良くないって。」
「でもま、今のは俺、やり過ぎでもないと思うけど。」柳瀬が小声で言う。
「はは、実は俺もそう思った。」宮野もこそこそと同意した。「だいたいマキさ、ブスのくせにうぜえんだよ。」
「今のは言い過ぎじゃね? つか、おまえとマキ、いい勝負だからな、空気の読めなさ加減で言ったら。」
「そうかなあ。」宮野が昔の癖で口を尖らせ、ふうっと上向きに息を吐く。以前ならそれでふわふわと前髪が揺れたものだ。
そんな2人のやりとりを、涼矢はどこか他人事のように聞いていた。マキに対して良い気味だと思う気持ちはあれど、あれがベストな対応ではなかったと思う。和樹や柳瀬のフォローでなんとかなっただけのことだ。
「で、田崎。」宮野に話しかけられて我に返る。「さっきのアレ、どっちが上」言い終わらない内に「いてっ」という叫びを上げた。柳瀬が怒りの表情で宮野を見ていた。
柳瀬が宮野を説教する前に、涼矢が話しだした。「それ、さ。そういうのってさ。」
「あん?」柳瀬に何を怒られたのかすらろくに理解していない様子で、宮野は間の抜けた声を出した。
「本当に知りたいわけ?」
「え。そんな風に改めて言われたら困るっつの。冗談だよ、冗談。」
その時だ。柳瀬は立ち上がった。「あー……。ちょっと、涼矢、来い。」それから宮野に言った。「悪いけど、今いない奴ら戻ってきたら、適当にまた遊んでてって言っておいて。で、そうだな、4時頃またここに集合にすっか。」
「分かった。」宮野はちらりと涼矢を見た。「彼氏さんにも同じ内容でいいの?」
「とりあえず。」柳瀬も涼矢を見た。「おまえ、あいつと連絡取ろうと思えば取れるんだろ。」
「そりゃまあ。」
「じゃ、いいよな。」柳瀬は歩き出し、涼矢はその後を着いて行った。
柳瀬は黙って歩き続ける。人気のアトラクションのエリアを通り越し、小さい子向けの遊具が並んでいるエリアへ。ここも親子連れで混んではいるが、同級生たちがここを目指して来るとは考えにくいところだ。柳瀬はその端のほうにあるベンチに座った。涼矢もその隣に座る。
「あのさ、涼矢。」柳瀬は両手の指を組む。「なんか、あった?」
「なんで。」
「ピリピリしすぎ。……そりゃ、気持ちは分からなくもないけど。」
「そんなに?」
「ああ。誰かに、何か言われた? 最初来た時は、堂々と2人で来たし、もう吹っ切れてる、っていうか、大丈夫なんだなって思った。けど、メシの時はさ、なんか様子が変だったから。しかも、マキちゃんにあんな風に。」
「英司と奏多に話して……ちょっとは、あったけど、想像してたよりは全然マシな反応だったし。だからそれはもう良くて。でも、さっきのはちょっと限界超えたっていうか。」
「マキちゃん、おまえに言ったわけじゃないじゃん。」
「だからだよ。」反射的にそう言ってから、自分の気持ちに気がついた。「自分がどう言われてもいいんだ。けど、さっきのは。」
「都倉ならうまく切り抜けるだろ。おまえが相手するよりずっと。」
「そうだけど。」涼矢はうなだれる。自分のしたことは確かに余計なことだったのだろう。和樹に任せた方が、よほどスムーズに解決しただろう。けれど。「おまえも、いたよな、付き合ってる子。まだ続いてんの。」
「ヒナ? ああ、今んところはなんとか続いてる。さすがに俺がこの状況じゃそんなに会えないけど。ヤバイよな、向こうは女子大生で、俺は浪人。いつ同じ大学の奴にかっさらわれるかヒヤヒヤだよ。」
「その子が、誰かに嫌なこと吹っかけられたとしたら、おまえは、黙って見てるの? 自分よりその子に任せたほうがうまくいきそうだったら、その子が自分でなんとかするから大丈夫だよって言ったら、その子を矢面に立たせて、自分は大人しく引っ込むの?」
「それは……そんなことはしないけど。」
「だったら。」
「けど、都倉じゃん。おまえが守ったり庇ったりしてやる必要ないだろ。」
「なんで?」
「なんでって、そりゃあ。」柳瀬は口籠もる。
「男だから?」
「……まあ、そういうこと、かな。」
「俺はあいつに守られてきたよ、ずっと。今もそう。俺はおまえも知ってる通り、こんなだから、あいつに庇われて、支えられてる。いつもだ。今日だってあいつがいなきゃ来られなかった。あいつは俺がいなくたって来られただろうよ。でも、俺はだめなんだ。怖かったし、不安だったし。でもあいつが先を歩いてくれるから、俺は。」涼矢は地面を見ながらそう言い、それから、柳瀬を見た。「おかしいか? 男なのに?」
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