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第469話 凍蝶(18)
柳瀬は黙っている。やがて涼矢から目をそらした。「ごめん。」と一言つぶやく。
「別におまえが謝ることはない。さっきのだって、おまえが和樹に加勢してくれたからあれで済んだ。最初の時も。」
「最初?」
「前にここ来て……和樹が俺たちのことバラした時。おまえと宮野が、そんなのどうでもいいって。なんでもないことみたいに言ってくれて、変な雰囲気にならなくて済んだ。あれは、感謝してる。一応。」
「一応かよ。」柳瀬は笑った。
「おまえもポン太も、俺のこと好きすぎだろ。もちろん和樹とは違う意味だけど。」
「はぁ? 何言ってんだ、おまえ。」
「でなきゃ、こんな奴の相手を10年以上もやってるわけない。」
「しょうがないじゃん。腐れ縁だもん。」
「腐れ縁か。……そういや、和樹がおまえに嫉妬してたことあるな。」
「はぁ?」
「付き合い長くて、家族みたいなもんだって言ったら。」
「事実だけどな。……にしても、嫉妬って。都倉が、俺に?」柳瀬は吹き出す。
「そう。俺も理解できない。おまえに嫉妬する意味が分からない。」
「そこまで繰り返さなくていいだろ。」柳瀬は涼矢の肩を軽く押して非難した。「ま、安心した。仲良くやってんだ?」
「それなりに。」
「おまえ、東京まで会いに行ったの?」
「うん。2回行った。夏休みは結構長くいたかな。2週間ぐらい。」
「へえ。」柳瀬は顎に手を当てて、何やら考え事をする。それからおもむろに話し出した。「さっき俺、嘘言った。」
「嘘?」
「俺ね、正常位も何も、経験なし。宮野と同じく清らかな体だよ。ヒナが嫌がるっていうか。もう少し待っててくれって言うから。」
「ああそう。」
「すげえ関心ねえな。」
「ないよ。だってそんなの、おまえたちの問題だし。」
「立ちバックってどんな?」
「は?」
「なんとなくは想像つくけど。」
「俺だって嘘だよ、あんなの。できるだけインパクトありそうなのを言っただけ。」
「じゃあ、やったことないの?」
「あるけど。」
「マジか。」
「はい。」
「じゃ、じゃあ、都倉の言った、騎乗位は。」
「あるよ、けど、あいつがそれ一番好きだと思ったことはねえな。俺と同じ理由で言ったんだろ。」
「おまえは、その、都倉が初カレだよな?」
「ああ。」
「すげえなあ。俺、どんどん置いてかれるわ。」
「そんなことで競争したって仕方ねえだろ。ヒナちゃんだっけ、彼女が待ってくれって言うのを、ちゃんと尊重して待ってるおまえは偉いと思うよ。全然恥ずかしいことじゃない。」
「そりゃねえ、嫌がるのを無理にとは思ってないからさあ。けどねえ、俺の中のオトコがたまに暴れそうになるわ。守りたいのも本心なんだけど、勢いに任せて奪っちゃいたい、みたいな本心もある。」
「ああ、それは分かる。」
「……分かるんだ。」
「うん。」
「そっか。」
涼矢は自分に言い聞かせるように言った。「俺らは、うまくやれてると思う。柳瀬が想像してるよりはずっと。」
「そうなんだろうな。今日まで続くとも思ってなかったし。ただでさえ遠距離でさ、普通のカップルだって自然消滅するよ。あ、ところで、おまえが2週間も都倉のとこにいるのが許されるってことはさ、家族も認めてるってこと?」
「うちの親は知ってる。」
「すげえな、それ。うちの親なら無理だ。特に母親なんか発狂しちゃうよ。」
涼矢は柳瀬の母親を思い出す。最近は会っていないけれど、小さい頃から知っているから、身内のような感覚だ。折り合いの悪い深沢の親戚よりもよほど慕っているのは間違いない。明るくて元気で、自分の子も他人の子も分け隔てなく可愛がり、分け隔てなく叱り飛ばすような人だ。涼矢は大人しくて悪事も働かないこどもだったけれど、今度は「涼ちゃんは良い子すぎる。男はもっと元気よくしなきゃ。ヤンチャして怒られるぐらいでちょうどいい」といった形の説教を受けたものだ。そこまで思い出して、涼矢は納得する。――そうだな、おばさんにはなかなか理解できないだろう。我が子可愛さに「許す」ことはあるかもしれないけれど、「理解」は未来永劫出来ないかもしれない。でも、理解なんてしてくれなくていい。涼矢の脳裏には宏樹の姿が去来した。
「全部が全部スムーズだったわけじゃないよ。」涼矢は呟いた。
「そりゃあそうだろ。普通の恋愛より障害多そう。」
「……普通の恋愛ってのが、俺には分からないけどさ。」
「あ、悪い。変な意味じゃない。」
「うん。」
「あとさ。」
「ん?」
「これは、その、幼馴染みとしてというか。家族的な立場からの質問なんだけど。」
「うん。」
「都倉はおまえのこと、ちゃんと……好きっていうか。つまり、おまえは大事にしてもらってるんだよな?」
「え。ああ、うん。」柳瀬の質問の意図が掴めない涼矢は、曖昧に答えた。
「都倉が……都倉はモテるだろ。で、元は女が好きな奴だろ。モテるのが当たり前すぎて、女に飽きて、だから、おまえと興味本位でつきあうみたいな。おまえがあいつのこと好きだからって、それを利用してるような、そういうつきあいじゃないんだな?」
「ああ、そういうこと。……そういう心配はしてない。」今はね、と補足したいところだが、余計なことまで言ってしまいそうでやめた。
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