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第471話 凍蝶(20)
「本音が見えない人が多くなった。女の子は特にそう思うけど、男もね。高校生の時はただつるんで楽しけりゃそれで良かったけど、もうちょっと、打算的に友達作る感じって言えばいいのかな。こいつと仲良くしておくと情報入ってくるとか、チケット安く手に入るとか、なんかメリットあるから親しくしておこう、みたいな奴が増えた。」和樹は涼矢をちらりと見る。「こいつさ、あんまり表情変わらないけど、慣れると分かるだろう? で、いったん分かれば、分かりやすい。嫌そうに見える時は嫌がってる。笑っている時は実際に機嫌がいい。そういうのに慣れたら、大学入ってから知り合った人って、心が開けないところがあってさ。」
涼矢はそれを意外な気持ちで聞いていた。和樹の口からそんな愚痴や不安が出てきたことは一度もない。バーベキューに同行した時だって、涼矢の目には、誰とでも親しくしているように見えた。
だが、言われてみれば、「特別に」仲良くしている友達がいるようにも見えなかったことに思い当たった。喫茶店のマスターの前のほうがよほどリラックスしていて、高校時代と同じ、屈託のない笑顔を見せていたようにも思う。
「都倉が、心を開けない?」柳瀬も意外そうにする。「一度会えば誰でもお友達のおまえが?」
「そうなんだよ。」和樹は苦笑した。「今一番分かりやすいって思うの、涼矢だよ。これは相当の末期だろ?」
「まあ、でも、それは分かるよ。涼矢、とっつきにくいし、分かりにくそうだけど、扱い方が分かれば案外シンプルだもんな。」
「うん。」
「おい、さっきから何2人で勝手なこと言ってんだよ。」涼矢が割って入った。
「今は、言葉は怒った風だけど、実際はそれほど怒ってない。」と柳瀬が涼矢を分析してみせた。
「そうそう。でも一言言っておかないと俺たちが図に乗ると思って、牽制してる。」と和樹も言う。
「それ。」柳瀬は手を叩いて笑った。「すごいねえ、俺が15年かかってたどりついた境地に、1年もかからず到達するとは。さすが愛の力は偉大だなあ。」
「そうだよ、だからね、そろそろ席を外してくれる? ここからはデートモードで。」和樹は柳瀬ににっこり微笑んだ。
「まったく、かなわねえな。はいはい、退散しますよ。」柳瀬はスマホで時計を確認した。「4時にさっきのフードコート集合だから。」
「了解。」和樹が言うと、柳瀬はあっさりとその場を離れて行った。
「さて、と。」和樹は背後にいる涼矢を振り返った。「ビビったよ。席に戻ったらおまえいないから。」
「柳瀬が。」
「うん、宮野から聞いた。」
「あの後、平気だった?」
「ああ、全然オッケ。」
「俺、余計なことしたよね。」
「マキちゃんの件? あれ、超ウケた。」
「柳瀬に、おまえに任せておけばよかったのにって言われた。」
和樹はニッと口角を上げた。「でも、俺のためだろ?」
「……役に立ってなかったけど。」
「そんなことねえよ。」和樹は涼矢の頭をごく軽く、コツンと叩いた。「立ちバックが一番好きとは知らなかったけど。」
「インパクト重視で言っただけに決まってんだろ。おまえだって同じだろ。」
「そうでもないよ。」和樹が歩き出したので、涼矢はその後をついていった。
「本当に好きなの?」和樹の斜め後ろから話しかける。
「周り見てしゃべれよ?」
和樹は遊具の並ぶほうへと歩いていったから、ベンチ周辺とは違い、幼児や、それを見ている親の姿が一気に増えていた。その中をつっきって、やがて、思い出の花時計のところに至る。
和樹はハートの石の手前で立ち止まり、「お礼詣りしなきゃ。」と涼矢に笑いかけた。
「そうか。」涼矢も笑う。音が鳴らない程度に柏手を打つような仕草をして「ありがとうございます。」と小声で言った。和樹がははっと笑う声が聞こえたが、その和樹もすぐに同じことをした。
顔を上げた途端に、和樹が言った。「エミリにキスしたのって、どこ?」
「えっ? へっ?」涼矢がしどろもどろになる。「どこって、あの、普通に、口、つか、唇、でも、軽くだよ、軽く。」
「馬鹿、ちげぇよ、この公園のどこでしたのかって聞いたの。こんなガキんちょウロウロしてるとこなのにさ。でも、もういいや、聞く気失せた。」
「あの、トイレ、あそこのトイレの裏。な、ムードもへったくれもないだろ。」涼矢はまだドギマギしながら、メルヘンチックな装飾のトイレを指した。
「バーカ。」和樹は悪態を繰り返した。それから、そのトイレを遠目に見た。「今は無理だな。こども多過ぎて。せっかく記憶の上書きしてやろうと思ったのに、残念。」
「じゃ、じゃあ。」涼矢は無意識に和樹の手首をつかんだ。そうしないと和樹がどこかに行ってしまう気がした。「観覧車、行こう。」
「……いいよ。」和樹は笑う。「でも、その前に1個行きたいところある。」
「何?」
「お化け屋敷。」
「え。」涼矢はさも嫌そうに眉をひそめる。
「俺がおまえにしがみつくかもしれないぞ?」
「それだったら、行ってもいい。」
「なんだよ、それ。」和樹は笑った。
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